雪月が夕餉で使った皿を洗っていると、庭の方からカアカアと鴉の鳴き声が聞こえた。おそらく黒蓮にいつも緊急の連絡をしてくれている鴉のものだろう。皿洗いを済ませ、厨を軽く片付けていると黒蓮が声を掛けた。
「すまない。また妖怪が怪我をしているそうだから行ってくる。」
「最近多いですね。」
 ここ最近は、だいたい夕餉を食べ終えて少しすると、今のように鴉がやってくるのだ。そしてその場所へ向かうといつも妖怪が怪我をしているらしい。
「そうだな。なぜか毎回日が落ちてからというのも少々気になるが…。」
(牙鋭さんのことが何か関係しているのかな…。)
 庭の植物が一部分だけ枯れているのを見つけてから特に、頻繁にこのようなことがあった。
「気をつけてくださいね。」
「ああ。じゃあ行ってくる。」
 鬼神である黒蓮が危ない目に遭うというのは考えにくいが、それでも不安の表情を見せた雪月を安心させるように、黒蓮は優しく頭を撫でてから厨を後にした。

 しばらく自室で薬学に関する書物を読んでいた雪月だったが、黒蓮が帰ってくる様子もないので、湯浴みをすることにした。懐にしまってあった鏡を取り出して置き、代わりに湯浴み後に着る浴衣を持って湯殿へと向かった。
「誰か! 誰かいませんか⁉︎」
「はーい!」
 ちょうど雪月が湯殿から出てきたところで、戸口から叫ぶような高い声が呼んでいた。急ぎ足で廊下を通り戸口に行くと、幼い女の子が息を切らして立っていた。しかし頭には猫のような耳が生え、チラチラと覗く尾は、二つに分かれている。その半人半獣の女の子は猫又のようだった。
「助けてください!」
 雪月が事情を聞く前に、猫又は雪月に縋り付くと涙目でそう訴えてきた。
「ど、どうされたのですか?」
「お母さんが…! 怪我しちゃって、早くしないと…うぅっ。」
 話しながら泣き出す猫又に、雪月は狼狽ながらも口を開いた。
「お、落ち着いてください。私が一緒に行きますから。」
「ぅ…本当ですか?」
「はい、すぐに準備してきます。」
 雪月は急いで薬房へ行き、応急処置ができる道具を風呂敷に包んでいく。そして庭に出ると、?草などの止血効果のある植物を摘んだ。黒蓮を待つことも考えたが、一刻も早く手当てしなければいけない状況かもしれないと思うと、行動せずにはいられなかった。