「…長庚に何を言われたんだ?」
「え…。」
「長庚の用はお前だけにしか言えないものなのか?」
 黒蓮の見た目はいつもと変わらないが、少々不機嫌なのが伝わってくる。
「えーっと、「赤加賀智に気をつけろ。」と言われました。」
「赤加賀智…?」
 赤加賀智とは鬼灯のことだ。地下茎は酸漿根(さんしょうこん)という生薬になり、利尿剤、解熱剤、咳止めなどに使われたが、副作用が激しいため現在は観賞用になっている。黒蓮はそのまま食べているが。
「そういえば、庭の鬼灯がなぜか紅く熟していたんです。しかもその近くの
見頃な草花は枯れていて…。」
 雪月と黒蓮は一緒に庭に出て、釁隙の端へ向かった。鬼灯をまじまじと見てみるが、偽物などではなく本物の鬼灯である。するとまた、雪月の懐の鏡が震えだした。雪月が落ち着けるように胸元と何度か叩くと少し震えが小刻みになり、やがておさまった。付喪神はこの場所から何か感じているのかもしれない。
「確かに…。今は見頃ではないのに紅くなっているな。他は完全に枯れている。」
「原因がわからなくて。ちょうどそんな時に長庚さんが赤加賀智という言葉をおっしゃっていたので、何か関係があるのかと…。」
 黒蓮は険しい顔をしたまま地面を見つめている。
「あの、黒蓮様。何か思い当たることがあるのですか?」
「一つだけある。」
 黒蓮は険しい顔のまま雪月の方を向いた。普段あまり目にしない表情に、雪月は緊張した面持ちで黒蓮を見つめ返す。
「牙鋭が何か企んでいるのかもしれない。」
「牙鋭さん、ですか?」
 なぜここで牙鋭の名が出てくるのかわからない雪月は、目をぱちくりさせた。
「俺は植物、動物…生きているものと相性が良い。だが反対に、牙鋭のように人を喰べたことがあるものは生物と相性が悪くなるんだ。ある程度の時間、同じ場所に留まっていると周辺の植物は枯れてくることがある。」
「ではここに牙鋭さんが来ていたということですか?」
 結界の外の植物も一部分だけ枯れているので、牙鋭がいたのかもしれない。
「人を喰べるのは牙鋭だけではないから、それは定かではないが、可能性はある。」
 枯れた原因はある程度わかったが、鬼灯だけが枯れていない理由がわからない。枯れるどころか成長して見頃を迎えているのだ。その疑問に雪月が頭を悩ませていることに気づいた黒蓮は、さらに話を続けた。
「人を喰べる者でも、相性の良い植物がある。それがこの鬼灯だ。あとは彼岸花なんかも相性が良いな。」
 彼岸花も庭にあるが、結界の端からは離れているので影響がなかったらしい。
「ではやはり何者かが近づいていたということでしょうか。」