怖がらせないための配慮をするほどの見目だということだろうか。それとも言動が荒々しくなるとか…。黒蓮が感情のままに行動しているところなど見たことがないが、本気で怒らせると大変なことになるのかもしれない。どちらにせよ気を付けようと雪月は強く心に刻みつけた。
「でもあの鬼神サマも変わってるよなぁ。未だに眷属はいないみたいだし。」
「眷属?」
 聞きなれない言葉に雪月は思わず聞き返した。考えてみれば、雪月は黒蓮から神や妖怪の存在について詳しく聞いたことがない。
(私があまり聞かないというのもあるけど、薬学なら何か関係するものがあればすぐ説明してくれるのに…。)
「眷属は神に仕える者のことだ。普通、ある程度の力を持った神には眷属がいるんだ。俺みたいな力の弱い奴は無理だけどな。」
「…眷属とはどのような役割を持つ者なのですか?」
「そうだな…。神は眷属がいると力を保つことができる。そもそも神とは、他者の信仰によって成り立っている。あの鬼神サマに眷属がいないのに力があるのは、妖怪や他の神たちだけじゃなく、人間からも信仰されているからだ。」
 確かに雪月がいた村の者たちは、神を見たことがないのにもかかわらずその存在を信じ、供物まで用意していた。生贄として捧げられる筈だった自分がいることが信仰されている何よりの証拠だ。
「今思うと、私は黒蓮様のことを何も知りません。」
 叢雲や焔の話から、断片的に黒蓮の過去の話を聞いたことはあるが、その生い立ちについてはほとんど聞いていない。もちろん、途方もない時を越えている神という特別な立場を考えれば、そう簡単に語れないことも分かっている。しかしそれが雪月には寂しく感じられ黙り込んだ。自分が特別に思ってもらいたいと、無意識のうちに感じているとは気づかずに。
「…お前さんは、あの鬼神サマのことどう思ってるんだ?」
「お慕いしております。」
「へぇ~…。意味は聞かないでおくことにする。」
 即答した雪月に驚きつつも、長庚は再び口を開いた。
「控えめな娘かと思ったら、そういうところはあの猪口才なガキと似てるんだな。」
「似ている、とはどういうことですか?」
「やっぱり何も聞いていないんだな。」
 それまで庭を眺めながら話していた長庚は、静かに雪月の方を向いてそう言った。長庚は雪月に関係することを何か知っているらしい。
「過去のこと、知りたいか?」