(焔さんは二日酔いと話していたから五苓散(ごれいさん)を用意しよう。それから腰…。)
 五苓散は、頭痛や吐き気、二日酔いなどに処方するものだ。そして雪月は採ってあった枸杞(くこ)の実と棗、乾姜(かんきょう)を取り出した。これで滋養茶にするのだ。枸杞の実には足腰を強くさせる働きがある。
 雪月は、五苓散と色や香りが程よく出た滋養茶を持って茶の間へと向かった。焔と黒蓮の声が廊下に少しだけ漏れている。
『今回は…じゃ。ずいぶん……見えたがのう。』
『…ない。雪月の……とは…いる。』
(私の話? まだ入らない方がいいかな。)
 しかし二人が雪月の気配に気が付かないわけがなく、話し声はすぐにピタリと止んだ。
(やっぱり聞かない方が良かったのかな。でも内容まではわからなかったし…)
 少し後ろめたい気持ちになったが、いつまでも廊下に佇んでいるわけにもいかないので入ることにした。
「入ってもよろしいですか?」
「ああ、構わない。」
 雪月は静かに襖を開けた。茶の間には先ほどと変わらない様子の黒蓮と焔が座っている。話の内容が気になったが、神や妖怪たちだけの事情があるのだろうと思い気にしないことにした。
「二日酔いに効く五苓散と、腰が痛いとおっしゃっていたので滋養茶を用意しました。」
「おお。それはありがたい。」
 焔は雪月から笑顔で湯呑みを受け取ると、思い出したように布で包んだ何かを取り出した。
「そうそう、これをぜひ雪月殿に渡そうと思ってたんじゃ。」
 布を開くとそこには(かめ)があり、さらに蓋を開けると琥珀色の粘り気のある液体が入っていた。甘い香りが漂ってくる。
「これは…蜂蜜ですか。」
「ほう、どこで手に入れたんだ? 庶民ではなかなか手に入らないと聞くが。」
 黒蓮も興味深そうに甕を見つめた。蜂蜜は珍しいもので雪月の住んでいた村では当然手に入るものではない。せいぜい手に入るのは、芋や米などの澱粉を糖化させた飴や、樹液を集めて煎じた甘葛(あまずら)などの植物由来のものしかない。
「わしが甘党なのを知った人間が分けてくれたんじゃよ。こういう滋養茶に入れても美味いし、これだけあれば胡桃とかを漬けて置くこともできる。」
「食べていいんですか?」
「もちろんじゃ。そのために持ってきたんだからのう。」