(なんか、暑いな…。)
 雪月は額の汗を拭いつつ、庭の草木に水をあげていた。
 黒蓮と共に星を見た、あの色々な意味で忘れられない日から数日が経過している。あの日はとても寒かったのに、最近は日に日に暖かくなっており、今日は暑いと感じるほどになっていた。季節的にもおかしい気温である。
 照りつける太陽の光から逃れるように庭から縁側へと上がった。するとちょうど黒蓮が薬房から縁側へと出てきた。
「黒蓮様。最近やけに暑くありませんか?」
「おそらく(ほむら)が近くに来ているのだろう。」
「焔?」
 雪月が問おうとしたその時、庭が眩いほどの白い光で包まれた。
「噂をすれば…」
 そこには鼠色の浴衣を身に纏った、初老の男が立っていた。
「よお、久方ぶりじゃのう。黒蓮殿。」
「久しぶりだな、焔。だが先にこの暑さをどうにかしてくれ。動植物は驚いているし、今は雪月もいる。」
「すまん。すまん。雪月殿に会えると思ったら気持ちが高ぶってしまってのう。」
 どうやら暑さはこの焔という男の感情に左右されるらしい。加減してくれたのか日の光が少し和らいた。焔は雪月に視線を合わせると、顔をしわくちゃにして笑いかけた。
「わしは焔という。黒蓮殿とは古くからの付き合いでの。雪月殿が居られると聞いて、ここに来るのを楽しみにしておったのじゃ。」
「はじめまして。」
 焔の優しい笑顔に、雪月も笑顔で言葉を返した。黒蓮は焔を屋敷へ上がるように促しつつ、疑問を問いかけた。
「そういえば都での仕事はどうしたんだ?」
「しばらくは働いてたんだがのう、陰陽師に正体がばれてしまったから一度都を離れたんじゃ。そしたら雪月殿が居られると聞いてこちらに来たんじゃよ。」
「え、大丈夫だったんですか?」
「大丈夫じゃよ。陰陽師というてもちょっと力の強い人間だからの。」
 焔はそこそこ力が強い者らしく、陰陽師の手からは簡単に逃れてきたとのことだった。人からは日和坊(ひよりぼう)という妖怪と認識されているらしい。
「だがなぜまた正体がばれたんだ? 本来の姿が人形なのに。」