湯呑みをのせた盆を持って縁側に行き、並べられた二つの座布団の上に腰を下ろした。座布団は、もともと黒蓮が庭を眺めながら花を食べたり、茶を飲んだりするときのために置いてあるものだが、今は雪月の分も置いてある。昼間はこの縁側に座って黒蓮から薬草について学ぶこともあるが、夜は基本来ないので雪月は新鮮な気持ちになっていた。
 季節的にも空気が澄んでおり、山の上にある屋敷からは、稀に数個なら流れ星を見ることができる。しかし今日は桁違いの数が見えるらしく、周期的に考えてもなかなか見れるものでもないのだそうだ。ちょうど月明かりがなく、星を見るには好条件である。
(寒いな…。)
 雪月は思わず体を縮こめる。寒いことは想定して着込んできたものの、夜の山は冷えていた。
「寒いか?」
「はい、少し…。」
 底冷えがするとまではいかないが、外気にずっとさらされていると流石に体が冷えてくる。すると黒蓮は雪月をひょいと持ち上げて自分の足の上に乗せ、後ろから抱きかかえるような体勢になった。
「えっ…?」
「この方が暖かいだろう?」
「あ、……はい。」
 慌てているところに耳元で囁かれ、雪月は完全に思考が停止した。
(暖かいというか、むしろもう暑い…。)
 雪月が変な汗をかきはじめたところで黒蓮が「お!」と小さく声をあげた。声につられて顔を上げると、空にはたくさんの星が流れていた。
「!……。」                               それは言葉を失うほどの美しさだった。雨のように降り注ぐ星で空一面が覆い尽くされている。世界が終わってしまうのかと心配になるほどの量だ。ここまでたくさんの流れ星を見たことがなかった雪月は、時間を忘れて空を見上げた。
「…初めて見たか?」
「はい。こんなに美しく素晴らしいものだとは知りませんでした。黒蓮様と一緒に見ることができて幸せです。」
「俺もここまでのものは久しぶりだ。雪月と見れてよかった。」
「次もまた一緒に見たいですね!」
 後ろからで見えなくとも、雪月が笑顔でそう言っているのが黒蓮にはわかった。
「……そうだな。」
 黒蓮が今宵と同じくらいの星降る夜を目にしたのは、五百年ほど前の話である。

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