「ひっ…。」
 雪月は移動しているのに音が近い。追いかけられていると悟り、走ってその場を離れ薬房に入る。障子から顔を出し、そっと廊下を伺うが特に誰も見当たらない。しかし暗闇の中で何かキラッと光るものが見えた気がした。
「だ、誰か居られるのですか…?」
 雪月が声を掛けるも返事はなかった。代わりにまたカタカタという無機質な音だけが響いた。恐怖のあまり体が強張る雪月だったが、今度は足首に冷たいものが当たった。
「~~っ⁉︎」
 声にならない悲鳴をあげ、薬房を抜け出し今度は診察室へと駆け込んだ。

「ん? やけに騒がしいな…。」
 屋敷からはドタバタと駆け回る音が聞こえる。黒蓮は不思議に思いながらも戸を開けた。
「雪月? 起きているのか?」
 すると、突然雪月が部屋から飛び出してくる。
「黒蓮様ぁぁ…。」
 雪月は黒蓮の姿を見た瞬間抱きついた。
「うおっ。どうした、何かあったのか?」
 雪月は半泣きで黒蓮にしがみついたまま、口を開いた。
「先程から、ずっと音がして…。何かが追いかけてくるんです。」
「音…?」
 黒蓮は雪月に向けていた視線を廊下の奥に移した。
「あれはお前の鏡じゃないか。」
「え…?」
 黒蓮は怯える雪月を「大丈夫だ。」と言いながら廊下の奥へと手を引いて行った。
 するとまたカタカタと音をたてて動いたのである。
「え、動い、…え?」
 動揺する雪月に対して、黒蓮は落ち着いた様子でその鏡を取り上げた。確かに、桔梗の模様が施してある雪月の鏡である。
「これは…付喪神だな。俺の神気にあてられて憑いたんだろう。」
「付喪神?」
「付喪神は、長い年月が経った物や、大事にされてきた物に憑くことが稀にある。俺の結界の中では特に憑きやすいらしい。」
「そうだったんですね。でも他に付喪神を見たことがなかったので驚きました。」
「薬房にある殆どの物は付喪神が憑いてるぞ。」
「え⁉︎」
「普段はおとなしくしているが…例えばそうだな。薬匙(やくさじ)とか。」
「全然気付きませんでした…。」
 最近は雪月も調合のためによく使っていた物だ。まさか自分が普通に使っていたものが、付喪神が憑いていたとは思いもしなかった。
「怖がらせてすまない、と言っている。それから大切にしてきてくれたことの礼を伝えたかったそうだ。」
「言葉が分かるんですか?」
「ああ。人とは言葉を交わせないが、お前を守ってくれるだろう。」
 そう言いながら黒蓮は鏡を渡してきた。鏡は特に変わったところもなく、先程までカタカタと音をたてていたのが嘘のようにおとなしく雪月の手に収まっていた。

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