(なんだかいきなり暗くなってきたな。)
 雪月は戸の前を掃除する手を止めて、黒雲で覆われた空を見上げた。「早く洗濯物を取り込まないと。」と呟きながら屋敷に入ろうとすると、どこからか声がした。
「その必要はありませんよ。」
 振り向くと、そこには小さな男の子が立っていた。齢はまだ十にも満たないように見える。背丈も雪月より頭一つ分ほど低かった。
「この雲は僕のせいなので。…ごほっ。雨は降りません。」
 普通の人間の子供のように見えるが、やはり妖怪のようだった。大きな瞳や短髪の赤い髪が特徴的だ。突然現れたことや、黒雲の原因が目の前にいる妖怪の存在と関係していることを含めて驚いている雪月に、その男の子は無邪気な笑顔を向けた。
「あなたが雪月さまですね。お伺いしていた通り可愛らしい。」
 どう見ても年下に見える相手に可愛らしいと言われ、雪月は不思議な感覚になった。
「えっと…診察に来られた方ですか?」
 どうして良いか分からなくなった雪月は話を変えることにした。
「…ごほっ。はい。見ての通り咳が出てて…。風邪を引いてしまったようです。」
「では中にどうぞ。…お名前をお伺いしても?」
「僕は赤舌という妖怪で、名を叢雲(むらくも)と言います。」
 雪月が叢雲を診察室へ案内すると、黒蓮はすでに中で座っていた。
「やはり叢雲だったか。」
 黒蓮は叢雲を視界に捉えた瞬間そう言った。
(黒蓮様は叢雲くんが来たことに気づいていたということ?)
「やっぱり、バレてしまっていたようですね。ごほっ。まぁこっそり来たというわけでもないですけど。」
「あんなに雲を引っ張って来られたらすぐ分かる。」
 どうやら黒蓮は雲の様子ですでに誰が来たのか予測できていたらしい。
「本来の姿から人形になる時は、どうしてもああなっちゃうんですよ。」
 二人は何やら話しているが、雪月は全くついていけなかった。しばらく妖怪や人形について話すと、黒蓮は雪月に軽く目配せをしてから叢雲の方を見た。
「今日は雪月が診療を行う。では雪月。」
「はい。」
 黒蓮に促され、雪月は叢雲に症状や体の感覚などについていくつかの質問をした後、薬房へと向かった。