雪月は黒蓮に言われたことを忘れないように小さく復唱しながら蕺草の葉を見つめた。
「難しい顔をしているな。だが雪月は物覚えがいい。今は庭の植物もほとんど覚えているし、こうして教えたこともちゃんと理解している。」
「そんな…。黒蓮様のおかげです。」
 黒蓮は単純に教え方が上手いというのもあるが、何よりよく褒めてくれるので、それが雪月は嬉しかった。
「ごめんくださーい!」
「誰か来たようだな。」
「ここは私が片付けておきます。」
「ああ、頼んだ。」
 黒蓮が来訪者のもとへ向かうのを見送り、出した生薬を引き出しに戻していく。診察室にしている部屋の隣には薬房として使っている部屋がある。それがこの百味箪笥がある部屋だ。
 しばらくすると黒蓮が薬房へと戻ってきた。
「患者様ですか?」
「化け獺の患者で、皮膚の痒みがあるそうだ。見たところ、少し腫れていた。虫にでも刺されたのだろう。」
(皮膚の痒み、虫刺され…。この場合は竹似草ではなくて蒺藜子(しつりし )かな。)
 竹似草はおできや皮膚病に用いられるが、毒性が強く炎症を起こす可能性がある。対して蒺藜子はそのようなこともなく、副作用の心配もない。
「蒺藜子の軟膏ですか?」
 雪月の問いに黒蓮は大きく頷き、「適切な判断だ。」と答えた。
 手早く引き出しを開け、軟膏を取り出す。黒蓮は雪月から軟膏を受け取り、「ありがとう。」と言って診察室へと戻っていった。
(よかった。正しい判断ができたみたい。)

 雪月は採った茗荷を小口切りにして米酢に漬けていると、黒蓮が患者の手当てを終えたのか、厨へと顔を出した。
「雪月。先ほどの判断は素早く、適切だった。だから次患者が来たら…来ないに越したことはないが、お前が診察してみるといい。」
 その言葉は雪月にとって黒蓮に認めれたという意味であった。「はい!」と答える雪月だったが、認めてもらえた嬉しさと共に不安も込み上げてくる。
これはもちろん、遊びではないのだ。正しい判断をしなければならない。薬は毒にもなる。自分がどうにかなるだけならいいが、相手のことを思うと自信が持てなかった。即答したものの不安に駆られていることに気づいたのか、黒蓮は優しく雪月の頭を撫でた。
「大丈夫だ。そばにいるから。」
「はい。ありがとうございます。」
 頭を撫でられて気恥ずかしく感じたが、黒蓮が安心させてくれようとしてくれているのが、何よりも嬉しかった。

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