そう言った瞬間には人の姿の黒蓮が立っていた。神である黒蓮は動物などに姿を変えられる如意(にょい)の力を持っていた。山を見回る時は人の姿より獣の姿の方が何かと都合が良いらしい。雪月は初めてその姿を見たとき、驚きすぎて腰を抜かしたが。人間の姿の神や妖怪より、巨大な獣を間近で目にした方が体は驚いたのだった。
「茗荷に紫蘇…、ゆり根も採ったのか。」
「はい、お茶と酢漬けを作ろうかと。」
「そうか。楽しみだ。お前の淹れるお茶も料理も美味いからな。」
「はは、ありがとうございます。」

蕺草(どくだみ)に排膿効果があることは知っているか?」
 そう言いながら、黒蓮は乾燥した蕺草の葉を取り出した。
「はい。昔腫れ物ができたときに使ったことがあります。」
 蕺草は、現の証拠(げんのしょうこ)千振(せんぶり)と共に、三代民間薬に数えられる。その薬効の多さから、十薬(じゅうやく)とも呼ばれているほどだ。
「蕺草には強い殺菌作用があるが、乾燥するとその作用は失われる。したがって、殺菌効果を求めるのであれば生の葉を利用した方がいい。ちなみに乾燥させれば蕺草茶にすることもできる。」
「そうなんですか?」
 蕺草はその独特の匂いからか、あまり口にする印象はなかった。
「茶にして飲めば、緩下作用や利尿作用が得られる。ただし飲みすぎると良くない。まぁ、蕺草に限ったことではないが。薬も過ぎれば毒となる。」
 雪月は家事がひと段落すると、黒蓮から薬草の使い方や効果を学んでいる。患者が訪れた際には、黒蓮に言われた通りに薬湯に使う材料を用意したり、生薬を取り出したりするのだ。それをいつも黒蓮が患者に合わせて調合していた。
(まだまだ知らないことがたくさん…いつか黒蓮様に言われなくてもすぐに準備できるくらいになりたい…。)
 しかし、その為には多くを知らなくてはならない。薬にも毒にもなるというのは、作用と副作用でどちらが重いかということでもある。また、同じ作用でもある場面では薬、ある場面では毒となることもあるのだ。患者の体質も確実に理解しなければならない。
 雪月は目の前の大きな百味箪笥(ひゃくみたんす)を見上げた。たくさんの小さな引き出しには、それぞれ生薬が入っている。薬種問屋(やくしゅどんや)でもここまでの数は揃っていないのではないかと思う量だ。
「緩下作用に利用作用…」