炊事をしない黒蓮の屋敷に調味料があるのは、村人たちが捧げていたからである。「後で米も持ってこよう。」と言いながら黒蓮は木箱を元あった場所に戻した。
「え、お米もあるんですか⁉︎」
 流石に米まであると思っていなかった雪月は驚きが隠せなかった。
「ああ、米も供物の中に含まれている。」
 村が危機的状況になっても供物を捧げに来ていたとは驚きだが、それだけ神を信じているという証でもあった。
「私が食べて良いのでしょうか?」
「無駄にするよりはいいだろう。」
「…ではいただきます。」
(私もいつか、何かお返しをしなくては…。)
 村であまり良い思い出のない雪月だが、供物を食べるとなると流石に何か村人に返さなければと思ったのである。
「庭には菜っ葉や芋類もあるし、近くに川もあるから魚もとれる。食材には困らないだろう。」
「ありがとうございます。黒蓮様は何かお好きな料理はありますか?」
「俺の分も作ってくれるのか?」
「はい。食事は一人より二人の方が楽しいですし。もしよければ…。」
 何年も一人で暮らしてきた雪月は、誰かと一緒に食べる楽しさを再び感じたかったのかもしれない。それに、供物や黒蓮の育てたものを頂くのだから、当然の提案だった。
「そうだな…。俺は味噌汁が好きだ。以前人間が作ったのを食べたんだが、あれはとても美味かった。」
「お味噌汁ですね! わかりました。」
(黒蓮様に喜んでもらえるように頑張らなければ…!)
「…実はその味を再現しようとして失敗した跡があれだ。」
 黒蓮は再び壁の黒い焦げ跡を眺めながら、「今となっては思い出だな。」と苦笑した。
「昔ここに山伏が暮らしていたと言っただろう? これもちょうどその時にやらかしたもので、「二度と厨に入るな!」と怒られてしまった。」
「それは…」
 その山伏も怒りたくなるほどの悲惨な状況だったのだろう。だが雪月は、少しその場に居合わせてみたいとも思った。自分の知らない過去で、黒蓮がどのようにその山伏と過ごしてきたのか気になったのだ。
「だが、お前は炊事ができると聞いて安心した。楽しみにしている。」
「はい!」
 張り切る雪月を、黒蓮は楽しそうに眺めていた。

            *