黒蓮は山を見回りに行っている。朝と夜の二回、見回りに行くのが日課になっているらしい。雪月は朝餉で使った皿を片付けていた。神は本来食べなくてもいいが、雪月と暮らし始めてからは毎日共に食事をしている。炊事は全て雪月が行っていた。黒蓮は訪れたものに茶や薬湯を出す程度で、一切炊事はしない。
 雪月は片付けをしながら献立を考えることが日課になっていた。
(次はまだ余っているさつま芋で煮物を作ろうかな。黒蓮様はお好きなようだったし…。)
 基本的になんでも美味いと言って食べる黒蓮だが、今朝作ったさつま芋の味噌汁は特に気に入ったらしく、いつもより箸が進んでいた。
 雪月は厨の壁の一部分だけ、黒くなっているところを眺めた。黒蓮が炊事をしないのは、もちろんする必要がないからである。だが、もう一つ理由があった。その理由は雪月が眺めている黒い部分にある。

            *

 黒蓮が雪月に屋敷を案内している時だった。
「ここは厨だ。全て自由に使っていい。」
 案内された厨は整頓されているものの、しばらく使われていないようだった。一つ気になるのは、壁が一部分だけ黒くなっていることである。一部分といってもかなり広い範囲で、天井まで黒く染まっていた。雪月の視線がそこへ向いていることに気づいた黒蓮は珍しく口籠もった。
「あれは…その…、俺が原因でそうなった。」
「…黒蓮様が?」
「俺は炊事が苦手なんだ。茶や薬湯は入れられるんだが…。それも、昔俺が焦がしてしまった跡だ。」
 壁を焦がすなど、それは苦手という範囲なのか。そう思う雪月であったが、なんでもそつなくこなす黒蓮の隠れた一面が垣間見えた気がした。
「炊事はできるか?」
 黒蓮は話を早く変えるべく、そう問いかけた。
「はい。普段からしていたので。」
 雪月は母と二人で暮らしている時から、炊事をよく手伝っていた。そのため家事の中でも炊事は得意な方だった。黒蓮はその答えに安心したように話を続けた。
「こちらには調味料がある。」
 黒蓮が取り出した木箱を覗くと、塩や味噌が入っていた。
「これらは全て供物だ。いつも使えなくてどうしようかと思っていたが、今回は無駄にせずに済みそうだな。」