「俺が神になったばかりの頃、周りには迷惑をかけてばかりだった。傷つけてしまったものも多くいる。だから今は他者を救う側になりたいと思っている。…もちろん、誰かを救ったからといって、傷つけたという事実は消えるわけではないし、俺自身が許されるわけではないとわかっているが。」
「そうかもしれませんが…誰かを救ったという事実もまた消えません。」
 誰かを救うこと。それは自分を救うことと同じなのかもしれない。雪月は真っ直ぐと黒蓮の瞳を見つめた。
(私にできること。ずっと考えてきたけど…)
「黒蓮様。私に薬学を教えていただけませんか? 黒蓮様や傷ついた妖怪たちのお役に立ちたいのです。助けていただいたお礼もしたいですし…。」
(今は全然知識もないけど、必ずお役に立てるようになろう…!)
「本気か…?」
 黒蓮は喫驚(きっきょう)した様子で雪月を見つめ返した。
「はい!」
「そうか。それは嬉しい。」
 そして、今までで一番の笑顔を見せるのだった。雪月もつられて自然に笑顔になる。
(よかった。また迷惑になってしまうかと思った。)
「だは庭の薬草はまた後で詳しく説明するとしよう。あ、あそこに塔花(とうばな)があるのが見えるか?」
「はい。」
 そこには塔のような穂先を立て、その周りにとても小さな唇形の薄紫の花が咲いている。
「俺の結界はあそこまでだ。危ないから一人では結界の外に出るな。それ以外は好きにしていい。」
「わかりました。」
 危ないとは、獣や村人と鉢合わせる可能性があるからだろう。そう雪月は解釈した。
「この辺りには人を食べる妖怪もいるからな。」
「えっ⁉︎」
「すまない。怖がらせたいわけではないのだが、事実なんだ。」
 黒蓮はここで暮らすことになる雪月に事実を言わないわけにもいかなかったのだろう。
(村ではそんな話聞いたことないのに。)
 妖怪は村に降りてきても、悪戯をする程度で人を食べたなどという恐ろしい話は知らなかった。
「普段は俺が見回っているから、村に被害は出てないはずだ。まぁそのせいで人を喰らう妖怪たちにはよく絡まれるが…。この結界から出ない限り心配ない。人間を食べたことのある妖怪はここには入れないからな。」