見て楽しんだり、花を食べたりしたいならだけなら、薬草をたくさん育てるようなことはしなくて良いはずである。もちろん、見応えのある花を咲かせるものも存在するが。
(食べるのではなく、薬として使っているのかな。でも神様は人間より治癒する力が強いと聞いたことがあるけれど…。)
 実際のところはわからない。雪月もどこで聞いたのかさえ覚えていないくらいなのだから、作り話であるのかもしれない。自分のような人間を治療するためかもしれないと思う雪月だったが、自分から直接に人間に関わろうとしていないように見える黒蓮には矛盾が生まれるということに気づいた。
「そういえばまだ言っていなかったな。俺はここで、怪我などで弱った妖怪や神などを診ている。いわば診療所のようなものだな。」
「それでこんなにたくさんの薬草があるのですね。」
 雪月は納得したが、なぜこの地を治める神が診療所のようなことをしているのかという疑問が生まれた。
「治療の礼にと、珍しい種や球根をもらうこともあってこれだけ増えたんだ。まぁ、きっかけはここで少し暮らした山伏(やまぶし)のおかげでもあるんだがな。」
「山伏?」
 昔ここに人間がいたということだろうか。山伏とは修験道の者である。
「何百年か前、所領を巡る紛争に巻き込めれた若い山伏を匿っていたことがあった。その男は若いながら、神農本草経などの薬学、山で実践的に得た知識や薬用原料の調達などの薬を作ることにも詳しかった。俺はその男に生薬について教えてもらったんだ。」
 黒蓮は「その名残みたいなものだな。」と付け加え、懐かしむように遠くを見つめた。どこか憂うような遠い目をする黒蓮の表情は、雪月には美しくも悲しく感じられた。黒蓮にとって、その男はそれだけ大切で大きな存在だったのだろう。人とはとても比べられない時を越える神の心情など、理解することはできないのかもしれない。でもこれだけは言えるのではないか。
「黒蓮様とその方は、…家族のような関係だったのですね。」
 黒蓮は雪月の言葉に少し驚いた表情を見せた。
「家族……。そうだな。そうかもしれない。」
 そう言って微笑んだのだった。微笑む黒蓮を見て、雪月は安心した。他者の過去に踏み込み過ぎてしまったのではないかと心配していたのだ。