カップの中のココアを眺めながら、志希は荒熊さんに答える。この気持ちには、嘘はない。


「でも志希ちゃんは、その申し出を素直に喜べないんだよね。原因は、前に言っていた『お母さんについていた嘘』かな」


 荒熊さんの問いに、志希は無言で頷く。


「もしよければ、君の過去に何があったのか、話してくれないか?」


 荒熊さんからそう言われ、志希はようやく源内や紗代が素直に身の上話をした気持ちがわかった。これも神様としての特性なのか、荒熊さんには話を聞いてもらいたいという思いがこみ上げてくる。


 ただ、志希はそんな無粋な考え方はよそうと思った。確かに荒熊さんにはそういった力があるのかもしれないが、話をするのは自分の意思でありたい。だから志希は、これは自分の意思だ、と自分に対して告げた上で荒熊さんへ向かって話し始めた。


「荒熊さんも知っての通り、私はずっとお母さんとふたり暮らしで生活してきました。お父さんが亡くなったのが五歳の時ですから、ちょうど十三年くらいですね。母子家庭ですので裕福ではありませんでしたが、豪快で明るいお母さんのおかげで家の中はいつも笑いが絶えませんでした」


 志希は、部屋から抱きかかえたままだった絵本をカウンターテーブルに置く。


「小さい頃は、よくこの絵本をお母さんに読んでもらっていました。これ、まだお父さんが生きていた頃に、ふたりが買ってきてくれた誕生日プレゼントなんです。私、本当にうれしくて……もらってからしばらくは、これを読んでもらわないと寝られないくらいだったんですよ」


 そう言って、志希は少し恥ずかしそうに頬を染めながら微笑んだ。

 そんな志希に、荒熊さんも優しく笑い返す。


「私は、明るくて強いお母さんのことが大好きでした。私も、大人になったらお母さんのような女性になりたい。ずっとそんな風に思っていたんです」


 瞳を輝かせ、志希は幼い頃から抱いていた憧れを語る。

 しかし、その表情が不意に曇った。


「でも、私はそんなお母さんに対して、とても許されないことをしていたんです」