総統はぼくを見てうなずいて、口を閉ざしたまま、話題の軌道を修正した。
【宝珠は、その等級如何で、預かり手の能力の強さを決定する。四獣珠は比較的、等級が高い。陰陽を司る二極珠には劣るが、第三位と言っていいだろう。第一位が何か、誰か想像がつくかね?】
 誰か、と問いを投げ掛けられたのは、理仁くんと煥くんと鈴蘭さんだ。それ以外のぼくたちは、総統が預かる宝珠の正体を知っている。
 ヴォーカリストのしなやかな声が降ってきた。
「この地球上でいちばんデカい球体ってわけだろ? そんなの、決まってる。地球そのものじゃねぇか」
【よくわかったね、煥くん。いつも、なかなか気付いてもらえないのだよ】
 ぼくも瑠偉も、正解に至るまでに時間がかかった。だって、ぼくたちの宝珠は直径20-23mm程度だ。その先入観があるから、まさか平均直径約12,730kmの地球が宝珠の一つだとは思わない。
【大地聖珠《だいちせいしゅ》、と呼ぶのだ。私は地球という天体を預かっている。別の言い方もできる。私は、運命という大樹におけるこの一枝を預かっている】
「運命かよ? あんたは神さまなのか?」
【神ではない。私は人間として生まれ、人間の肉体を持っている。天地創造をしたわけでもないし、不老不死でもない。最近は花粉症が気になったりする、普通の人間だ】
「でも、化け物級のチカラがあるじゃねぇか。何でも知ってやがる。運命を預かるなんて、普通の人間の仕業じゃねぇよ」
【運命の一枝、だ。運命は、多数の可能性の枝を持つ大樹の姿をしている。私は運命の大樹そのものではなく、一枝のみを識《し》る者だ】
 鈴蘭さんが、そろりと手を挙げた。
「あの、平井さん、お願いがあるんですけど」
【何かな?】
「煥先輩を下ろしてあげていただけませんか? けっこう、つらそうです」
 鈴蘭さんの指摘で、みんな煥くんを見上げた。煥くんの端正な顔に汗が伝っている。ひそかに暴れ続けていたらしい。総統の拘束は筋力でどうにかなるものじゃないのに。
【じゃあ、放そうか】
 天井の高さにある煥くんの体が、ふっと支えを失う。息を呑む気配と短い悲鳴。けれど、当の煥くんは身軽に宙返りして、床に降り立った。
「危ねぇな。普通ならケガしてるぞ」
 普通じゃない身体能力の煥くんが、平然と言い放つ。天沢さんもまた平然として、総統のそばに立った。
「失礼いたします、総統。テーブルのセッティングをいたしますので、肘をどけていただけますか?」
「ああ、これはすまない」
 煥くんが自分の席に戻って、両肩を軽く回した。
「そんだけチカラが強いくせに、妙に平等なんだな。偉ぶったやつなら、こんな丸いテーブルは使わねえ。給仕の順番も、自分を最初にしたがる」
 煥くんの口調に愛想がないのは、これが彼のスタンダードなんだろう。総統に敵意をいだいているからじゃない。
「私は決して偉くないからね。ただ単に、巨大な宝珠を預かっているだけだ。チカラが強いぶん、禁忌も大きい」
「禁忌?」
「きみたちにはろくな情報提供ができない。協力もできない。私が不言不動でなくては、因果の天秤が均衡しない」
 理仁くんがようやく、手を下ろして目を開けた。
「あーもう、さっきはビビった~。で、やっとわかりましたよ。平井のおっちゃんが、全身にじゃらじゃら宝珠をくっつけてる理由」
「じゃらじゃら宝珠を、ですか?」
 鈴蘭さんが、思わずといった様子で胸元に触れた。ペンダントの青獣珠がそこにあるはずだ。
「ほんっと、じゃらじゃらだよ~。海ちゃんモードの視界だと、チカラがあるのが見えんだよね。等級が低いのから高いのまで、いろいろ。おっちゃん、それ、結界でしょ? 自分のチカラが暴発しないように、宝珠のチカラで抑えてる」
 瑠偉と天沢さんがうなずいた。二人とも、宝珠を総統に譲渡した。理仁くんの予測どおり、結界を作るためだ。
 だから、この屋敷には能力者が集まっている。総統のチカラの抑制に協力する預かり手が、宝珠を総統に譲渡する、あるいは貸与する。その見返りとして、総統から仕事を与えられている人も多い。複数の企業を経営する総統のもとでなら、異能を活かした仕事ができる。
 食事が運ばれてきた。洋風の部屋には不似合いだけど、和食だ。野菜や煮物を中心とした、高級料亭の弁当風。
 鈴蘭さんが目を輝かせた一方で、煥くんが不満そうな顔をした。気持ちはわかる。これだけじゃエネルギーが足りない。
 そのあたりは、もちろんフォローがあった。鶏の唐揚げとキャベツのサラダが大皿でやって来た。おかわり用の雑穀米のおひつも一緒だ。
 いただきますと手を合わせてから、またにぎやかになった。
「煥先輩、唐揚げ、取り分けますね」
「あー、鈴蘭、ずるい!」
「……自分でやる」
「おーい、おれにも回して」
「あ、瑠偉くん、取り分けるね♪」
「くん付けかよ。おれのが年上だってば」