理仁くんは小さく笑って、言った。
「子どものころのわがままってね、おれの場合だけど、腹減ったとか眠いとかより強い欲求があったんだ。甘えたいとか、くっつきたいとか、そーいうやつ。でも、恥ずかしいじゃん? なのに、変なスイッチが入るとさ、勝手に声になって聞かれちゃうんだよね」
 同じだ。昨日のぼくと同じ。
【触れたい、助けてほしい、自分だけ見てほしい。無意識の欲求だった。恥ずかしいのに、望むことを止められなかった】
「でしょ? 姉貴はさ、そこを逆手に取るんだよね。ショック療法的な感じで。人前で思いっ切りギューッてやられたの。自意識の強い幼稚園児のおれ、超恥ずかしくて。やめろーって感じで、声をシャットダウンする」
「まったく一緒ですね、昨日のぼくと」
「海ちゃんのほうがなまなましかったけどね」
「年齢相応です」
「超恥ずかしかったろ?」
「死にたかったですよ」
 ぼくはずっと、性別や年齢に関係なく、人との接触を拒んできた。両親との間にさえ、壁のようなものを作った。高校に上がって総統や瑠偉と知り合って、少しマシになったけれど。
【女性に触れたのは初めてだった】
「え、うっそ~、モテそうなのに」
「容姿とステータスだけはね」
「初めて揉んじゃった感想は?」
【柔らかかった気持ちよかったおっぱいもっとさわりたかったおっぱい見てみたかったもっと知りたかっ……】
「変な誘導尋問はやめてください! 本当に、シャレにならない!」
 顔から火を噴きそうだ。ぼくは年齢相応に、あるいはそれ以上に性欲があって、エロいことも考えるし、いやらしい視点で女性の体を見たりもする。でも、そんな一面なんて人前では絶対に出したくないのに。
「ま、おれとしても複雑だしね~。姉貴が男からそういう目で見られてるって、わかってても、わざわざ知らされたくねぇや」
「じゃあもう言わないでください」
「りょーかい。たぶんね」
 ぼくは髪を掻きむしって、話題を変えた。
「理仁くんはリアさんと仲がいいんですね」
「仲よくなきゃ、生き延びれなかったしね」
「どういう意味ですか?」
 文字どおりと答えて、少し間があって、理仁くんは言葉を補った。
「こないだまで、一年くらい、フランスにいたんだ。おれと姉貴、二人で、国外逃亡して隠れてた」
「ほかの家族は?」
「おふくろは入院中。親父は……死ねばいいのに」
 流行りの言い回しだ。「死ね」と口にする生徒が多いと、教師はよく怒っている。
 でも、理仁くんの「死ねばいいのに」は重みが違った。思念と言葉が、理仁くんの本来のチカラだ。その彼が父親のために選んだ言葉が、「死ねばいいのに」だなんて。
「深刻そうですね」
「あの祥之助坊ちゃまが自分の父親だったら、海ちゃん、どう?」
「絶対イヤです」
「そんな感じなの、おれんち」
 祥之助は黄帝珠に操られて、そのチカラに依存している。リアさんと理仁くんは、そんな祥之助に対して強烈な嫌悪感を示していた。リアさんは、朱獣珠に振り回されてきたとも言っていた。
【朱獣珠の乱用?】
「そのへんでやめといてよ。話せるときが来たら話すし」
「リアさんにも、同じようなことを言われましたよ。全部を話せるような深い仲ではない、とね」
「うちの事情、特殊だから」
「朱獣珠の活性化が、四獣珠の集結に関与したかもしれないんでしょう?」
「使っちゃいけないんだよね~。代償を差し出せば何でも叶えてくれる宝珠って、そんな便利なもん、人間が使っちゃダメだ。朱獣珠は、止めてほしくて、みんなを叩き起こしたんだよ」
 問い掛けて答えてくれるなら、四獣珠と話をしてみたい。聞かせてほしい。今、何が起こっているのか。四獣珠が何を望んでいるのか。
「黄帝珠も、同じように叩き起こされたんでしょうか?」
「それに関しては、瑠偉っちがちょっと調べてきてたよ」
「え? 瑠偉が?」
「平井のおっちゃんも、自分が知ってることを教えてくれるっぽい。だから、今日は学校終わったら、みんなここに集合するんだ。まあ、おれらは、今はとりあえず昼飯ね。腹ごしらえしよ?」
 理仁くんの誘いに、ぼくはベッドから起き上がった。
「そうしますか」