彼女は、『愛される』というものがどのようなものか知らなかった。


愛されたことがなかった。


愛されたくても、


愛しても、



それでも彼女は、


愛されなかった。





また、彼女は1人で泣いている。



「まどか」



俺は、彼女の名前を呼ぶ。


ガラス玉のような瞳は、ぬれていて。
涙は、溢れている。



「久遠(くおん)!」



涙ながらに俺の名前を呼び、走ってくる。


小さな身体で、耐えた彼女。


愛されたいのに、愛してもらえない。
どんなに求めても、もらえないモノ。


自分は、どうして愛をもらえないんだろう。
何が違うんだろう。


その思いが、俺の胸の方へこんこんと来る。





彼女は、いつも1人ぼっちで涙を流すしかなかった。


誰にも助けを求めることができず、


人に見せる顔は、いつも作り笑いで、


熱い涙を流してばかりいる。





まどかをそうさせているのは、彼女を産んだ母親。


まどかの両親は、まどかが幼い頃に喧嘩が絶えず離婚。


そうしてまどかは、母親と2人きりで暮らすことになったが、ひとり親家庭かどうか関係なく幸せにはなれなかった。


まどかは、父親にかなり似ているらしく、
母親は離婚した後も、別れた気がしなかったらしい。





「あんたなんか、育てなきゃ良かった」



彼女は自分の母親から、何度もそう言われた。


はじめて、そう聞かされた時のことはどんなことがあってもこれから生涯忘れることはないだろう。


瞳の中にきらめきのない、ガラス玉のような目で。
そう言ってきた。



「わたしね、お母さんに愛されたことないんだ」



きらめきのない目。


俺は確信した。



「わたしのお母さん、わたしのこと育てなきゃよかったって言うの。わたしは、邪魔な存在なの」



きらめきのない目は、愛をもらえていない証拠だ。


心がかわいている。



「邪魔だと思ってない!」



俺は、強い口調で言った。



「いいの、気にしてないから」



愛されないことが、まどかの中では当たり前になっていることがわかる言葉だった。


信用もなくなっている。
愛がないから、信用もない。


自分で自分に対する愛もない。





俺はなんとかして、彼女がこれ以上傷つかないところへ逃してやりたかった。


彼女が愛をこれ以上奪われない、

必要以上に熱い涙を流すことのない、

かわいた心が満たされる、


そんな場所へ。