「お前達は柚子にとって害悪にしかならない。とっととサインしろ」


 父親を威圧する玲夜に、ようやく冷静さを取り戻してきた瑶太が声を掛ける。


「どういう事ですか。どうしてあなた様があの女の味方をするのです?」

「言ったはずだ、花嫁だと」

「は、花嫁?あの女が、そんなはず……」


 次の瞬間、瑶太は青い炎に包まれた。


「うあぁぁ!」


 ゴロゴロと床を転がる瑶太に花梨が駆け寄る。


「瑶太!」

「柚子の痛みを知れ」


 瑶太を見下ろす目は凍るように冷たい。その目を次に、ガクガクと怯える父親に向ける。
 次は自分の番かもしれないと怯えているのだろう。



「俺を本気で怒らせる前にサインした方が身のためだぞ」


 玲夜が父親を脅している間に、高道が祖父に書類を渡して必要な場所にサインをさせている。


「玲夜様。こちらは終わりました。後はそれだけです」


 それ、と言われた父親は、玲夜に睨まれて顔色が悪い。

 玲夜は父親の胸倉を掴むと、強引に書類の前に座らせる。

 高道がペンを差し出す。

 父親はペンを取るのを躊躇っていたが、チラリと見上げた玲夜の冷たい眼差しに、恐る恐るペンを取った。

 言う通りにしなければどうなるか。
 先程の瑶太の姿を思い出せば、反抗する気も起きなかった。


「こちらにサインを」


 父親は震える手でペンを走らせる。

 柚子はそれを色々な感情がない交ぜになった気持ちで見ていた。



 高道がサインの終わった書類に目を通して、不備がないか確認していく。


「ふむ、問題ないようです」


 玲夜は一つ頷くと、柚子に視線を向ける。


「柚子、もうこの家には戻らない。必要最低限の物だけ持ってくるんだ」

「う、うん」

「行きましょう。柚子」


 柚子は祖母と共に自分の部屋に向かった。


 本当に必要最低限の物だけを詰めたバッグ。
 ここから出て行くというのに、自分が持ち出したいと思えるほど思い入れのある物はこんな小さな鞄一つなのだと思うと、少し寂しい気がした。


 何せ、土日は祖父母の家に泊まり、平日は学校とバイト三昧で寝に帰るだけの部屋。
 大事な物なんてほとんど置いていないことに、手にした荷物の量を見て気付かされた。

 長年過ごした自分の部屋。
 この家であの家族と顔を合わせずにすむ逃げ場でもあった。


「ありがとう」


 そう言い残して、扉を閉めた。