次に目が覚めたところは、真っ黒な空間だった。行ったことないけど、多分宇宙ってこんな感じ。隣には、魔装を着た結城がいた。そして、正面にも魔装を着た結城がいた。
「おい、なんだこりゃ。ここが夢の世界か?」
「「そうだよ」」
 ハモるな、耳がおかしくなる。この時点で、俺は魅了の呪いにかかってんだろうなぁ。強い精神力ではじき返すなんてできそうにない。魔力をどれだけ回したって、この呪いを解くことはできなさそうだな。二人とも、お互いににらみ合っている。先に動いたのは、俺の隣にいる結城の方だ。杖を取り出して、お得意の炎球を発射する魔法を使う。近くにいて、魔法も結城のものだ。こっちが本人だ! と決めつけるのは早計だったようだ。正面の結城も、全く同時に同じことをして、真ん中で炎球がぶつかって爆発する。
「どうやら、申し訳ないことに、俺は魅了の呪いにかかっちまったみてぇだ。二人とも結城にしか見えねぇ。俺にできることは二人ともぶっとばすか、手を出さずに見守ることくらいだ、力になれそうにねぇ」
「そいつが偽物だよ! 近くにいると危ないから、とりあえず離れて!」
(だま)されないで! あたしの見た目に見えるかもしれないけど、実際の姿は人型の影だから!」
 どっちかが本物でどっちかが偽物、それは分かるんだが、全く判断できない。どうすりゃいいんだよ。しばらく見ていれば、ボロを出すかもしれない。そんな適当で楽な判断をすることしかできない。それに、正直な話、偽物だと分かっても、結城の見た目をしたやつを全力で殴れるか分からない。とりあえず、二人ともから離れておこう。この空間のことがよくわからないが、いきなり足場が無くなって無限に落下し続けるなんてない……よな?
「一人でやるしかなさそうね! 鉄は緑沢を倒してくれた、次はあたしの番!」
「あたしの真似してる間は炎球しか打てないのね、助かるわ」
 再び、炎球が爆裂する。同じ威力で打っているのか、真ん中できれいに当たる。魔法少女歴で言うと、結城の方が先輩だが、単純な攻撃力なら俺の方が上だ。成長した夢魔を倒せるほどの魔力はないはずだから、自分と同じレベルまで降りてきてくれるなら、助かると思ってもおかしくない。本物の結城の魔力が尽きれば分かるだろうが、その時は結城の命が危ない。決着をつけられるのは、やっぱり俺だってことだな。
「あー、すまねぇ、質問したいんだが、いいか?」
「「何?」」
 いらだちを含んだ返事がくる。勝負の邪魔をするんじゃない、って感じか? 決着がつかないのは、勝負と言わない。
「魅了の呪いって言っても、せいぜいが見た目のコピー程度だろ? だったら、俺の過去についての質問をして、知識で炙り出せばいいんじゃないかと思ったわけだ」
「意味があるとは思えないね、あなたに対して魅了の呪いがかかって、理想の姿としてあたしが出てるなら、あたしと同じレベルの知識を持ってるって考えた方がいい」
「聞きたいなら聞けばいいけど、それでボロを出すようなら、鉄を夢の中の夢魔と一度も戦わせないほど徹底しないよ、合言葉を決めておけばいいだけだもん」
 ぐっ、二人してそんなに言わなくてもいいじゃねぇかよ。二倍傷つく。それでも、試す価値はある。普通に質問するだけでなく、ブラフを混ぜつつやっていく。変にウソをついて知ったかぶりをしたり誤魔化したりする方は、偽物だと思ってもいいだろう。本物の結城が、この状況でウソをつくほど頭が悪いとは思いたくないからな。
「まず、一つ目。俺の名前は?」
「「如月鉄」」
「二つ目。通っている高校は?」
「「和良比高校」」
「三つ目。学年とクラスは?」
「「二年三組」」
 同時に、同じ答えが返ってくる。答えがない質問の方が良かったか? とにかく、こんな初歩的な質問では意味がないことが分かった。ブラフを混ぜながら、考える質問をしよう。
「四つ目。結城の、今日の朝ご飯は何だった?」
「んー、忘れちゃった。でも、いつも通りだったはずだから、納豆ご飯だったと思う」
「そんなに記憶力は悪くないよ、はっきり覚えてる。納豆ご飯だよ」
 答え方が分かれた。「いつも」を知ってるってことは、本物の可能性が高いけど、結局答えは同じだ。魅了した夢魔は、俺の理想の姿に化けて、理想の行動をしてくれるらしい。だが、深層心理みたいなもんで、自分でもどっちが理想かは分からない。いっそ、こう答えろって、全然違うことを考えながら質問してやろうか。
「五つ目。好きな人はいるか?」
「……いないわけじゃないけど……」
「いるけど、名前は言わなくてもいいでしょ?」
 いるのかよ、なんだか悔しいな。そして、完璧に俺の理想通り、動いてくれるわけじゃなさそうだ。理想通りなら、即答で「鉄!」って答えてくれるはずだからな。じゃあ、最後もやるだけやっておこうか。拳を強く握りしめてから、六つ目の質問をする。
「これで最後だ。じゃんけんするぞ」
「「「じゃーんけーん、ぽん」」」
 俺はパーを出した。二人の結城は、どちらもチョキ。これで何が分かるの? なんてグチグチ言う声が聞こえる。思考回路まで完全にコピーされているってことが分かった。逆に、夢魔がコピーできていないの部分はどこなのか、それが分からない以上、賭けみたいなもんだ。
 結局、二人の言う通り、無意味な時間だった。うわべをなぞっただけの質問や運試しなんかじゃ、ヒントの一つも得られない。すでに二人はバチバチの雰囲気で、再び炎球が飛び交っている。ときおり、氷とかも飛んでいるが、結果は炎球と同じく、真ん中で飛び散っている。俺にできることは、考えることだけだ。考えもせずに、二人ともぶんなぐって、本性を現すかどうか試すのも頭をよぎったが、最悪の場合にとっておく。回らない頭を回転させるが、全然いい考えは思い浮かばない。
「いい加減、しつこい! 同じことばっかりして!」
「それはこっちのセリフ! 夢魔のクセにあたしの真似しかできないの!?」
 怒りも頂点に達しそうだ。もう、行動を起こすしかない。漢、如月鉄、覚悟決めろよ……!
「おい、結城! 聞いてくれ! 俺は、お前のことが、好きだ!! 付き合ってくれ!!」
 目をつむりながら、言うべきことを言いきってしまう。漢らしいかどうかはさておき、本物なら、これで俺の期待する反応が得られるはずだ。
「……ごめんなさい」
「いきなり何言ってるの!? 急に言われても、ちょっと、あの……」
決まった。はっきり分かれた。そして、俺が殴るべきなのは、後者だ。間違ってたらごめんな。一気に走り出す。迷いなく、しどろもどろの返事をした結城に近づく。そして、鉄拳炸裂。魔装をつけていても、衝撃を完全に吸収できるわけではないらしく、殴り飛ばされる。俺の拳に伝わってきたのは、人肌とはかけ離れた、泥のような感触。いつの間にか、結城だったものは黒い影に変わっていた。どうやら、当たりを引いたみたいだな。振り返って、もう一人の結城にVサインを見せつける。俺は、お前を信じてたぞ。
「じゃんけんをしたとき、手のひらに魔力で書いてあった『フレ』って文字、最初は応援かと思ったけど、そういうことだったのね」
 やっぱりだ。夢魔に魔力の流れは見えない。俺が拳に魔力を集中させているのに、無警戒で突っ込んでくる不定形型夢魔、結城が魔力を練っているのに、手前にいる俺ばかり狙ってきた触手型夢魔なんかから、夢魔に魔力は見えてないっていう仮説が出てきた。それを実証するために、魔力が見える、本物の結城にだけ伝わるメッセージを手のひらに書いた。そして、成功した。
「馬鹿なりに必死に考えた作戦だったが、うまいこと成功したな。腕っぷしだけで『喧嘩屋・鉄』って呼ばれてるわけじゃねぇって見直したろ?」
「むしろ、そこまで細かく魔力を操作できるようになってたことにびっくりしたよ」
 苦笑いしながら褒めてくれる。ただ、油断はできない。正体を見破っただけで、まだ夢魔本体は倒せていない。真っ黒な世界に、真っ黒な影が溶けるように馴染んでいく。命の気配を読み取って、位置を把握する。結城も発見できているようで、真似されてイラついていたのか、かなりの量の魔力が杖に溜まっている。ここは、任せるとするか。巻き込まれないように、離れておく。
「夢魔のクセに、あたしの振りをするなんて百年早いのよ!!!」
 背中を向けていても分かるくらいの眩しさと、鼓膜が破れると思うくらいの爆音。普段、現実に出てくる夢魔を倒すときは後ろにある建物や植物に当たらないように、細心の注意を払ってるけど、今回は全力でぶっ放すことができる。総魔力量での勝負になったら、俺に勝ち目はなさそうだ。