「山之内君!」
 思わずびっくりして立ち止まってしまった。
「おかえり」
 さりげなく笑顔で言われると、条件反射的に「ただいま」と口をついてしまう。
 でもその後、私は笑う余裕がなくてただ戸惑って山之内君をじっと見てしまった。
 周りは改札口を出てきた人が丁度各々の方向へと散っていき、駅前は人通りがまばらになっていた。
 山之内君は邪魔にならないと思ったのか、自転車を押して私に近づいてくる。
 自転車のティキティキティキとしたタイヤの回る小刻みな音が耳に届いた。
 自転車ですら、クロスバイクでスマートなかっこよさがあり、そこに程よいゆるめのチノパンに英語のロゴTシャツを着てその上にデニムシャツを羽織っている私服姿が、アメリカンカジュアルを着こなしているようでサマになっていた。
 胸を張って背筋が伸びている姿勢も自信が漲って頼もしい。
 その辺の高校一年生と比べてやはり大人っぽく見えるのは、精悍な風貌だからだろうか。
 つい見とれて垂涎してしまいそうで、誤魔化すように質問を振ってみた。
「ここで何をしてるの?」
「いや、その、ちょっと人を待っていて……」
 まさか自分を待っていてくれたとか?
 いやいやいや、そんなことはないだろうと思いつつ、平常心を装いながらも、私服姿の山之内君を間近で目にすると胸がドキドキと高鳴っていくのは止められない。
 私は何をそんなに意識しているのだろうと自分らしくない態度に戸惑ってしまった。
 落ち着かない私の様子が伝播したのか、山之内君もコホンと喉を鳴らしてその場が一層ぎこちなくなった。
「偶然、倉持さんの姿が見えたから、つい声を掛けてしまったんだけど、迷惑だったかな」
 山之内君は遠慮がちな態度を取り、語尾も最後弱くなったが、私の反応を気にするようにじっと見つめていた。
「迷惑じゃないけど、急に声を掛けられてびっくりして」
 お互いの様子を見るぎこちない態度だったが、山之内君はその時にっこりと笑顔を見せた。
 その笑顔に釣られて私も笑うと、お互いほっとするような安堵する空気が流れたように思えた。
 それが功を奏して、山之内君はその空気の流れに乗り、すぐさま本題に入った。
「だけどちょうど良かった。今ちょっと話せる?」
「も、もちろん」
 一体何を山之内君は話したいのだろうか。
 気になっていたことだけに、より一層胸の高鳴りが激しく音を立てたように思う。
「あのさ、昨日会ったあの男だけど」
「えっ、あっ、池谷君のこと」
 何気に感情を抑えて言ってみたものの、やはり池谷君の事を気にしていたと知るや内心落ち着かなかった。
「そっか、池谷君…… だね。その、彼なんだけど……」
 なんだかこの後言い難そうにして、私の反応を注意して窺っていた。
 やっぱり何か誤解しているようにも見え、ここはしっかりと説明しなければならないと強く思ってしまう。
「池谷君は、その、小学校、中学校が同じだったけど、碌に話をしたこともなくて、昨日、声を掛けられて私がびっくりしたくらい」
「池谷君とは親しくないの?」
「親しいとか言う前に、ほんとに喋ったことがないんだけど」
「でも、池谷君はとても倉持さんと親しそうだったけど」
「その、小学一年生のとき、同じクラスに一度なっただけで、知ってることは知ってるの。でもほんとにそれだけのことで、後は学校が同じでも昨日まで一度も喋ったことがなかった。どうして昨日声を掛けられたのか不思議なくらい」
「小学一年生のとき同じクラスだった?」
 山之内君が訝しげな表情で私の様子を伺っている。
 辺りはどんどん陽の光が弱まって薄暗さが増し、それとは対照的に駅やその周辺の建物の灯りが強くなってきた。
 山之内君の表情にも陰りが見えたのは充分な光がなかったからだろうか。
「でも、池谷君がどうしたの?」
 もしかして私の彼と誤解しているんだろうか。
 ここでそんな事を自分の口から言ったら、自惚れに繋がる自信過剰と見なされて、山之内君に何かを期待していると自ら墓穴を掘りそうだった。
「僕が倉持さんと一緒にいたからさ、それで昨日じろじろ見てきたし、ちょっと気になって」
 山之内君は何が言いたいのだろう。
 行動力もありハキハキとしている人なのに、この時とてもハギレが悪かった。
 何かをいいたそうにしているが、私を見てはそれがいい出せないのか、それとも私の出方をみているのか、視線だけは私からはずさなかった。
 じっと山之内君に見つめられると、私の胸の高鳴りはどんどん小切れのいいビートとなってしまって息苦しい。
「池谷君…… って人は何か僕のこと言ってなかった?」
「別に、これといって、特には。ただ冗談で三人で遊ぼうとか宜しく言えとかいってたけど、あの人はお調子者でチャラチャラしてるから」
「それで、倉持さんは池谷君のこと好きなの?」
「えっ!」
 まさか、ダイレクトにこんな質問をされるとは思わなかった。
 咄嗟に手をブンブンと力強く振って、私はムキになって否定する。
「だから、ほとんど昨日初めて話したようなもので、池谷君は私とは全く関係がないの」
 つい力んでしまった。
「そっか、それならよかった」
「えっ?」
「いや、なんでもない。こっちのこと。ごめん、なんか僕のこと変だと思ってるでしょ。僕、その通りちょっと変なんだ。ハハハハ」
 私がどう反応していいのか迷っていると、山之内君もまた複雑な顔をして私を見つめていた。
「山之内さん、僕のこと、ほんとにどう思う?」
 急に真面目な顔を向けた。
 辺りはすっかり薄暗く、その中で真剣な眼差しを向けられるとすごく迫力があった。
「ど、どう思うっていっても、その」
 私はどう答えていいのだろうか。
 これって山之内君が私の事に気があって、試しているんだろうか。
 まさか、そんな。
 完全に自分を見失って、何をどう答えていいのかわからない。
 その答え方で全てが決まってしまいそうで、変に身構えるから気安く言葉が出てこなかった。
 あたふたしていると、山之内君はもどかしさを顔に募らせる。
「ねぇ、僕の顔を真剣に見て」
 山之内君はさらに顔を近づけてきた。