「じゃあさ、想像してみてよ。もしもの話だよ。もしも、この国が穏やかで、人が人を斬らずに済む世の中で、ボクが胸を病んでいなくて、ただ剣術が好きなだけの男だったら、ミユメはボクに恋してくれた?」
 息が、止まった。
 まっすぐで静かなまなざしに見つめられている。
 一瞬で、心臓の鼓動が加速した。熱いときめきが体じゅうを満たして、同時に、悲しくて仕方なくなった。
 沖田総司という、本当はごくありふれた若者。約二百年前の動乱の時代に生まれて、戦って人を斬って、胸の病に苦しみながら、それでも戦って。
 恋に興味がない、というセリフがあった。恋しちゃいけないと思っているせいかもしれない。沖田さんは人斬りだし、死の病に侵されている。未来を想像することなんて、きっと、もうできなくなっているんだ。
 アタシは答えられない。沖田さんが再び口を開く。
「ボクは一途だよ。いや、単純なだけかな。たくさんのことを同時には考えられない。ねえ、ミユメ。こんな世の中だから、ボクは剣術しか頭にないけど、そうじゃないなら、何に一生懸命になるのかな? 案外、キミのことだけに夢中になるかもしれない」
 嬉しいのと悲しいのと、ドキドキするのと切ないのと、全部ごちゃ混ぜになって、アタシは泣きたかった。沖田さんの胸に飛び込んで泣きたい。
「……そんなこと言われたら、好きになりそうです。心の底から、本気で」
 沖田さんは小さくかぶりを振った。
「変なこと言ってゴメンね、ミユメ。それと……ラフ、おかえり」
 沖田さんはアタシの背後を見ながら言った。
 アタシは振り返った。いつの間にか、ラフ先生がそこにいた。
「あ……お、おかえりなさい」
「おう、ただいま。いい雰囲気のところ、邪魔して悪かったな」
「き、聞いていたんですか?」
「まあ、チラッとね」
 恥ずかしすぎる。沖田さんに抱き付かなくてよかった。
 ラフ先生は沖田さんに包みを差し出した。
「みやげだよ。向島《むこうじま》の桜餅だ。ミユメのぶんもあるぞ。スタミナ回復のアイテムだ。道具袋にでも入れとけ」
「ありがとうございます」
 アタシも沖田さんも、桜餅を受け取った。沖田さんが庭に向き直った。ポツリとつぶやく。
「『人の世の ものとは見へぬ 桜の花』」
 ラフ先生は頬の一文字傷のあたりを掻いた。
「その句は、土方が詠んだヤツだな。庭の桜を見て、思い出したか?」
「うん、土方さんの句だよ。相変わらず、うまくはないけど、何だか引っかかるよね。桜は、人の世とあの世をつなぐのかな」
 ヤミが、にゃあ、と鳴いた。沖田さんのひざの上に乗っかる。沖田さんはヤミを撫でながら、桜を見ている。
 ひらひら、はらはら。あるかなきかの風に、花びらが舞い散る。幻想的なくらいキレイな桜は、どうして、こんなに不吉なんだろう?