「そんなことない。アタシは、アタシたちは、ジョチさんのこと好きだよ」
 たぶん、それがキーワードだった。「好き」っていう、その温かい響きが魔法を解く鍵だった。
 ジョチさんの両目から涙があふれた。血みたいに赤い涙が流れ去って、透き通った色が冴え冴えとよみがえる。かすかに蒼みがかった銀色だ。
 まばたきを、1つ。
 銀色の尻尾をひるがえして振り返ったジョチさんは、大人の姿に戻っている。ジョチさんはイフリートを見上げた。
「よくもオレの心の闇に付け入ってくれたな!」
 にらまれたイフリートが情けない悲鳴をあげる。
 ジョチさんが両手を掲げた。両手の間に輝きが生まれて、それが弓矢の形になる。ジョチさんは弓に矢を番えて引き絞った。
「消え去れ、外道!」
 一閃。光の矢が飛ぶ。イフリートの両目の間に刺さる。
 ばしゅっ! と青い光が弾けた。イフリートの巨体が消滅した。
「やったー、倒した!」
 アタシは跳び上がった。ジョチさんがアタシに微笑んだ。
「ありがとう、ルラ」
 きゃぁっ! 今この瞬間、スクリーンショットっ! ピアズは声を録れないのが残念すぎる!
 シャリンさんがディスプレイに割り込んできた。
「ルラ、そこどいて!」
 アタシは押しのけられる。そうだった。今回の最大の目的、こっちだよ。シャリンさんがジョチさんに接触すること。アタシは慌てて飛びのく。
 シャリンさんがジョチさんに手を伸ばした。胸のあたりに触れた。
「ロック解除。解析スタート」
 シャリンさんがつぶやいた。
   ――ピシッ――
 シャリンさんとジョチさんが、2人が立ってる空間ごとフリーズした。音声機能は生きてるみたい。スピーカからシャリンさんの一人言が聞こえてくる。
「どこなのよ……何、これ……?」
 ジョチさんのAIのプログラムを解析してるんだと思う。どこにラフさんの魂が憑依してるのか、探してるんだ。
 ――パリッ――
 グラフィックが、かすかにひずんだ。「え?」と漏らしたアタシの声が、ニコルさんと重なった。
     ――ザッ、ザザッ――
 ノイズが交じる。見間違いや聞き間違いじゃない。
  ――ビシッ――
「ちょっ……シャリンさんっ、なんかおかしいっ!」
    ――ザリザリッ――
――バリッ、ビシッ――
「ラフっ! ああ、まただ……!」
 ――ザッ、ザッ――
 ラフさんが震えてる。今回のバトルでは1度もアクションを起こしてなかった。ただ立ってるだけの人形状態だったラフさんが今、ガタガタ、ガタガタ、激しく震えてる。
  ――バリッ、ビシッ、ザザッ――
――ザザザザッ――
 ラフさんの全身がノイズをまとってる。姿を構成するCGが粒子になって、ザラザラに荒れる。
 シャリンさんの焦った声が聞こえた。
「どうして!? ラフの魂は、AIのプログラムごと固定してるはずなのに!」
 だけど、画面はひずみ続ける。シャリンさんの声にもBGMにも雑音が重なる。
――バリッ、ビシッ、ZZZZZZZZZZZVVVVV――
 ディスプレイ全体が暗転した。白い稲光が飛び交う。
    ――shhhhhhhhhhhhhhBBBBBBRrrrrrrrrrr――
 逆転したモノクロの世界で、無表情のラフさんがガクガクと震える。
――vvvvvvv00000000000000101zzzvvvvv――
 怖い。逃げたい。コントローラを叩く。アタシの体が動かない。
  ――xxx0101010101010yyyyyZZ0000ZZZZZ――
 ニコルさんが叫んだ。
「とりあえずログアウトして! 全員、ここを離れて!」