「あ、あの……こんなことってあるのでしょうか……」
オファー自体、半信半疑だったようだ。
「ふきかえ、って?」
「アニメのキャラクターを、声で演じるんだよ」
「へええ、おもしろそう!」
5歳になったばかりの私には、事の大きさを理解できるわけがない。だからこそこんな大役も引き受けられたのかもしれない。
声を演じる、ということでボイストレーニングのレッスンがメインの生活を送り、アニメ映画の声優という大仕事に挑んだ。
アフレコ現場ではCM撮影程の人数はいないものの、がらりと環境の変わった中で声だけで演技をするというものは、やっぱり最初は萎縮してしまう。顔が強張り、声も固くなってしまう。
「かんなちゃん!リラックス、リラックス」
「はい、ごめんなさい」
「大丈夫だよ、主人公になりきってごらん。素直に、表現してみて」
素直に。それは子供だからこそ出来ることかもしれない。渡された台本、目の前に映し出される映像。そこから分かる、主人公の気持ちをありのままに。
「もし、かんなちゃんがこの主人公だったら?」
私が主人公だったら。
最後の問いかけは、私を大きく突き動かすものだった。
もしも、私が主人公だったら。この状況だったら悲しいと思うし、こう言われたらすごく嬉しい。この場面は泣きたくなるし、この場面は思わず叫びたくなる。
「ぃやったあああああ!!」
クライマックスを迎え、主人公が次々に相手を切り崩していくシーン。負傷した仲間と共にトドメを刺した直後のこの台詞。
私のソプラノボイスがめいいっぱい弾けた瞬間、自分でも「あ、いまのいい」と思うほどに気持ちが良かった。
仲間は怪我を負った。絆はバラバラになりそうになった。相手はこの街ごとめちゃめちゃにした。支配下に置いた。
もう望みはない、誰もがそう思う状況から一変、覆すことに成功した主人公の心からの叫びが、私のソプラノボイスに乗った瞬間だった。


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アフレコが終われば映画の試写会に出席。今一番注目の子役としてテレビ番組やラジオ番組にも出演。私の知名度が上がったこともあり、映画は見事成功に収めた。アニメーション映画としては異例の集客数だったそうだ。
初CM、初声優ともに成功に収めた「小鳥遊栞菜」はもう勢いが止まらない。仕事のオファーが次々と舞い込んできた。
その波に乗るように同年秋には連続ドラマにキャスティングされ、主要人物の娘役として役者デビューを果たすことになった。