「フルーツフレーバーもしんとうじょう!」
目を静かにつむり、両手を大きく広げたり。くるくると踊ったり。
「栞菜ちゃん、次はこっちのカメラに目線頂戴!」
「はい!」
「さっきの台詞、今度はカメラに話しかけるように言ってみて」
「はい!」
次々に飛ぶ指示通り、一つ一つこなしていく。
最後はヨーグルトを一口食べ、
「まっしろ、なめらか、ヨーグルト!」
今日一番の笑顔をカメラに向ける。
「……はい!かんなちゃん、オッケーです!」
「これにて撮影は終了です!」
「ありがとうございました!」
ぺこり、お辞儀する。
顔を上げると、大きく鳴りやまない拍手が沸き起こった。初仕事だからか、それとも子供だからか。分からないけれど、みんながみんな穏やかな笑顔で囲んでくれた。
スタジオの隅で終始心配そうに見ていた母は、拍手が鳴り止むと同時に勢いよく私に駆け寄った。
「かんちゃん!撮影、どうだった?」
母は私の顔を覗き込んできた。どうだったも何も、私はとにかく
「たのしかった!」
この一言に尽きるのだ。
元気よくそう答えると、母を含め周りの大人たちも一緒に笑ってくれたのをよく覚えている。
母は、自分がオーディションに書類を送ってしまった手前、自分のせいで私がこの道を進まざるを得なくなってしまうことを恐れていたようだった。思い返せば、オーディションの合格通知が届いたときも、私がやりたいかどうかを問われていた。でも、この時の私は演じる楽しさに少しだけ触れていたと思う。
初撮影がそんな調子だったから、続くポスター撮影も笑顔で乗り切れた。
「かんなちゃんは、演じるために笑顔になっているんじゃなく、演じるのが楽しくて笑顔を浮かべているね」
そう言ってくれたカメラマンに、私はやっぱり笑顔を浮かべるのだった。


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CMが放送されると、瞬く間に視聴者からの問い合わせが殺到した。
「あの可愛い子は誰?」、「子供であんなに綺麗な声が出るなんて」、「どこの事務所の子なの?」、「あの子の名前は?」。
大きな反響に、次第に私の名が芸能界や世間にじわじわと広がっていった。そしてCM放送開始からわずか2ヶ月足らずで、
「ええっ主人公の吹き替え!?」
何と、CMを見た映画関係者が私の声に魅了され、急遽子供向けアニメーション映画の主人公の吹き替えに大抜擢されたのだ。
こんな短いスパンで大きな仕事が舞い込んできたのは流石に母も絶句したようだった。