最近分かったことがある。奏世はハグ魔だ。
「……あの、集中できません」
今度の日曜日に会いたいと奏世から連絡が来て、勉強しなくちゃいけないと返したら、邪魔しないから一緒にいたいと返ってきた。
奏世は私と違って、感情をそのまま表に出す。彼氏に一緒にいたいと言われて、きっぱりと断れる人はいるのだろうか。
夕方だけ、という条件で奏世はやってきた。
ローテーブルで勉強する私を後ろから抱きしめる形で奏世は座っている。そんな状態で勉強に集中しろと?
問題を解くのは諦めてプリント整理をすることにした。日本史の資料プリントをまとめてファイリングをしながら、奏世と少しおしゃべりを楽しむことにした。
「ねー、環奈」
「何?あと、耳元で喋らないで。変な汗かく」
「いいじゃん。環奈って夢とかある?」
「良くない。……夢?それは、女優の小鳥遊栞菜として?」
「んー、どちらでも」
夢、かあ。小鳥遊栞菜にも、髙梨環奈にも夢はある。
「カーテンコール、受けてみたいの。それが一つの夢かな」
「舞台、とか?」
「うん。舞台に出たことはまだないから」
「そういえば俺も舞台はないな。……確かに、カーテンコール受けてみたいな。スタンディングオベーションとか、浴びたらどんな気持ちなんだろ」
この夢は、マネージャーの古坂さんにしか話したことがなかった。
ドラマも映画も、ネットや口コミでしか評価は分からない。視聴率という数値でしか測れない。
だから、舞台には大きな魅力があった。観客の前で、観客の表情を見ながら演技が出来る。そんな場所で、カーテンコールを受けたらどんな気持ちなんだろうか。学生の間は舞台は中々厳しい。幾つかの劇場を回るようなスケジュールなら、学業が疎かになってしまう。
いつか、学生を終えたときに挑戦してみたい。
「そういえば環奈、高校卒業したらどうするの?」
「私は大学進学する」
「は、大学!?」
奏世が驚くのは分かっていた。これだけ女優業に専念していて、これ程までに奏世にライバル意識を向けている私のことだから、卒業後は女優業により一層専念するのだと思い込んでいたのだろう。
「なんで大学……?」
「……世界を、広げたいの」
確かに、高校卒業後そのまま女優業一本で行くのがいいのかもしれない。けれど、幼稚園の頃から芸能界にいて、普通の生活を送ったことがない。そんな私が、これからも芸能界だけで生きて、果たしていいのだろうか?まだまだ知らないことだらけではないのだろうか?