迎えたクランクイン。
7月の涼しくも明るい早朝。撮影現場まで、古坂さんの車で向かう。
既に先週末、顔合わせも済んでいた。監督の仰いだ通り、出演者は実力派俳優と称される人が大半を占めていた。
今日は映画の冒頭シーンの撮影。基本的に順撮りでいくそうだ。
撮影初日とあって、私はやっぱり緊張していた。この業界に入って10年以上になるが、撮影でここまで緊張するのは奏世との時だけだ。
映画の雰囲気のことも考えて、もっとリラックスしなくちゃ。
深呼吸したり、水分を撮ったり。車内のオーディオでバラード曲をかけてもらったり。
古坂さんにも私の緊張は十分伝わっていた。奏世をライバル視し、負けず嫌いな私が奏世を追い続けていることは昔から知っている。
「ねえ、栞菜」
「はい」
「私ね、この仕事好きなの」
古坂さんが急に口を開くから何かと思えば、唐突にそう言って話し始めた。
「役者のオンとオフの切り替えが目の前で見ることが出来るこの仕事が好きなの。今回はどんな風に変わるのか、どんな風に魅了させてくれるのか」
ハンドルを握り、前を向く古坂さんの横顔は本当に楽しそうで。
「……栞菜はもう、どんな女の子にもなれる。私はいつまでもあなたが憧れよ」
「古坂さん……」
古坂さんが自分の仕事の話をすることは滅多にない。こんな風に思っていたことさえ、初耳だった。
きっと私が、いつものようにしっかりとした足取りでカメラの前へ出る「小鳥遊栞菜」でいられるように、古坂さんなりにかけてくれた言葉だろう。
大丈夫、やれる。私は光になるって決めたんだ。
「古坂さん。私、やれます」
いつも通りの小鳥遊栞菜でカメラの前に立てる。古坂さんからもらった最上級の褒め言葉から、力と自信を貰えないわけない。
私はどんな女の子にだってなれる。アンリと恋に落ちる、純粋でひたむきな灯になってみせる。
「栞菜、いつも応援してるよ」
頑張れ、じゃないところが古坂さんの優しさだ。
▽
ロケバス内でスタイリストさんの用意してくれた衣装に着替え、ヘアメイクをやってもらう。既に奏世も到着していて、別のロケバスで用意しているようだ。
鏡を覗き込み、最終チェック。
撮影直前までヘアメイクさんは直しをしてくれるから、これは見た目に対するチェックじゃない。役者として、「小鳥遊栞菜」としての瞳か。