気を緩めると、思い出すのはやっぱりこの前のことで、さっき巡らせた思考をもう一度考え直す。
頭はまだ混乱しているのに、時間は待ってくれない。どうすればいいのか。
「……栞菜ちゃん?」
「あ、はい」
「栞菜ちゃんは、凛とした顔とくしゃっとした笑顔のギャップが魅力的で可愛らしいよ。でも、それはどちらも見られるからこその魅力だよ」
何てことだ、塩谷さんにまでそう指摘されるとは。
人は自分が思っているよりよく見ていてくれるのかもしれない。自分が気付いていないだけで、色んな人が私のことを見ていてくれるのかもしれない。
その中には、奏世も入っているのかな。
「それから、携帯光ってるよ」
ぼーっとしながらケーキを食べていたからか、机上の携帯を見ていなかった。最近はあまり人と連絡は取っていなかったので、久しぶりの通知だ。
慌てて確認すると、ディスプレイには私を騒がすあの名前。
メールを開いた刹那、私は目を見開いた。
「塩谷さん!ケーキごちそうさまでした!それから、ありがとうございます!」
「いえいえ」
「古坂さん!私、急用が出来たので帰ります!」
「あらま、気を付けて」
二人に何度もお礼をし、荷物をまとめて慌てて事務所を飛び出す。
自分はどこに向かおうとしているのだろう。咄嗟に向かったのは駅だった。いつもの帰り道と同じ路線を辿り、自宅の最寄り駅より随分手前の駅で下車する。
そこには、私の行動を全て見透かしたかのように、奏世が立っていた。
「……やっぱり」
そう言って奏世はいつものように笑っている。
事務所から駅まで走ったものの、そこからここまでは電車に乗っていただけだから、あがっていた息はすっかり落ち着いている。なのに、今も呼吸が苦しい。
「あのメール、どういうこと」
私の携帯に舞い込んだ一通のメール。そこにはたった一行。
ねえ、奏世は今まで一度も言わなかったけれど。
「どうして、私の本名知っているの」
『俺はいつも髙梨環奈を口説いてるよ』。
読み方は同じなものの、漢字は全く違う。