「私はね、アンタに人気を取られてからずっとアンタのことだけを考えてここまでやって来たの。絶対負けない、負けたくない」
「かんな、落ち着いて」
「それなのに甘い台詞ばっかり並べて……演技ならそんなこと言わないで!」
自分でもまずいと思った。ブレーキをかけようと思ったのに、一度口を開いたら気持ちも言葉も止まらなかった。言葉を選ぶ余裕なんてなかった。
だから私は嫌なの。私の心を乱す言葉なんていらないの。
さすがに気まずくなり顔を逸らそうとしたら、それは奏世の手によって阻止された。
「こっち向いて。……じゃあ、仕事がなかったら俺たちは何なんだよ」
「……奏世と仕事は切り離せないから」
奏世のごつごつした手から温もりが伝うのは恥ずかしい。奏世と恋人同士を演じるのは不安だ。奏世が何を考えているか、全く分からない。
真剣な眼差しで私の瞳を射抜いたって、私はあなたの心を射抜けない。
「今日の俺は、仕事モードじゃないよ」
「……え」
「今日だけじゃなくて。仕事で会う時以外の俺は、一人の男としてかんなを口説いてるんだけど」
嘘だ。これも嘘なんでしょう?
だってあなたは、恐ろしいほど演技が上手い。
「甘い言葉だけじゃ、物足りない?」
耳元で落とされる甘い囁きに、体がぞくりと反応する。
駄目、嘘よ。そんな演技に騙されない。
「……やめて」
「かんな?」
「彼氏なんかいたこともないし、まともに恋愛をしたこともない。それでも、一丁前に理想は持ってる。好きなタイプだってある。……演技のプロが沢山いて、プライベートも何もないこんな世界でまともに恋愛できるわけないじゃない!」
私はどうして、目の前の演技を上手くかわすことが出来ないの。
どうしてそんな言葉まで奏世に投げつけてしまったの。
「小鳥遊栞菜」は役者、台本通りに動けばいい。
けれど「私」は違う。台本がなければ何を言えば正しいのか分からない。何が正しくて、何が間違っているのか。台本も監督も、何も教えてはくれない。
冷たくなった空気と、奏世の驚いた顔。その先の世界は、視界が歪んで見えなかった。