「休憩挟んだら次のシーン撮ります!」
「香盤表どこやった?」
「おい、ガヤの格好他に何とかならないのか?塩谷が食われてるじゃんか!」
拍手が鳴り終わる頃には次のシーンの指示が次々と飛び交う。
これは今クールの連続ドラマの撮影で、頑固で情のあまりない主人公が大学で様々な出会いを経験し、自分自身や環境を見つめ直し成長するハートフルストーリーとなっている。私は主人公の妹役として、主に兄の自宅シーンで出演させてもらった。
「栞菜ちゃん、お疲れ様。」
次のシーンの撮影に邪魔にならないよう、早々と裏へ移動しようとすると、主人公であり兄役を演じた同事務所の先輩、塩谷さんが声をかけてくれた。
「塩谷さん!お疲れ様でした、先輩と共演できて嬉しかったです」
「こちらこそ。栞菜ちゃん演じる妹、なかなか面白かったよ」
塩谷さんは劇団出身の先輩役者で、撮影期間はとてもお世話になった。同じ事務所の先輩ということもあって以前から塩谷さんの出演作はチェックしていたが、生の演技を目の前にするとやはり一味違う。普段は温厚で物静かな塩谷さんがこんなにも強情で嫌味な主人公を演じきるんだから、役者は怖い。
「またご一緒する機会がありましたら、その時もどうぞよろしくお願いします」
「その時をまた楽しみにしているよ。それじゃ」
塩谷さんに改めてお辞儀し、裏へ回る。
最後、撮影場所の洋風な一軒家を出る時に、私が地面に吸い込まれるほどの深く長いお辞儀をした。
それは、撮影が終わり、セットやロケ地から離れる時に私が必ずすることだ。その場にあるもの、いる人。関わるもの全てに感謝の思いを忘れないように。
顔を上げれば、もうここには喧嘩腰な妹はいない。
かすみ草がふわり、香りとともに揺れた。
▽
「お疲れ、栞菜!」
マネージャーの車で事務所に戻る途中、コンビニでカフェラテを二つ買い、車内で小さくカップを鳴らした。
「栞菜がこの後レッスン入っていなければ、このまま美味しいイタリアン連れてってあげたんだけどね」
「じゃあ、また今度お願いします」
カフェラテに口をつけながら、ぼうっと窓の外を眺めた。