過去に一度だけ、奏世とは映画で共演したことがあった。それは私も奏世も中学生の頃で、3年も前の話だ。
学園ものだったため、とにかく共演者が多かった。ある学校の一クラスが舞台だから、生徒役だけでも軽く30は超えていたと思う。その中の二人だったわけだし、実際劇中に奏世と絡むシーンは殆どなかった。
それでも私は、奏世と同じ現場で仕事をするというだけで気が引き締まった。長年のライバルだ、そのライバルの前で下手な演技はしたくないし寧ろ見せつけたいとも思った。それだけ私はずっとずっと頑張ってきたのだ。
奏世がどう思ったか、どう捉えたかは分からずじまいで、代わりにその映画の撮影後から何故か付きまとわれるようになった。
よりによってライバルに付きまとわれるなんて。
「ねえ、今更だけど何でアンタは私に構うの」
「ん?惚れてるから」
「聞いた私が馬鹿だったね、ごめん」
「かんなちゃんっていっつもはぐらかすよなあ」
「はぐらかすんじゃなくて、面倒くさいの」
ああ、早く駅に着かないかな。
と言うか、この車内に奏世ファンがいたら、私刺されるんじゃない?
「……あれ、アンタもしかして背伸びた?」
「んー?どうだろ、来週身体測定だからその時分かるけど。かんなちゃんは162センチくらい?俺と身長差いい感じじゃない?」
「はいはい」
私の身長をジャストで当てたことに軽く恐怖を感じたところで、電車は目的の駅に滑り込んだ。私の所属する室舘プロダクションの最寄り駅であり、偶然にも奏世の所属するSFLエンターテイメントの最寄り駅でもある。
「……牧丘くん。駅」
「ん?ああ、もう着いたのか」
この春から、事務所に向かうのにはいつも奏世と一緒だった。否、奏世が待ち伏せしてくるから半ば強制的なんだけども。
この数週間で分かったことは、奏世はどうやら女の子慣れしているということ。だってほら、今も私がすれ違う人にぶつからないよう、さりげなく奏世が壁になってくれている。
高校生になったばかりの男の子が、よくこんなことできるよね。嫌味じゃなく、素直にそう思う。きっと女の子慣れしているし、どうすればいいのか分かって行動している。
だから私はいつも安心してあしらうことができる。正直、奏世以外の人にやられたら何も言い返せないと思う。裏を返せば、奏世に対してだけはこういう態度をとることができる。

「かんなちゃんは今日レッスン?」
「うん、牧丘くんも?」
「そういえば今日は何もないな」
「は!?えっじゃあ何でここまで来たの!」
「電車乗ろうとしたらかんなちゃんが見えたからかな」
思わず唖然。この男、インタビューではかっこつけてあんなこと言ってたけど、随分破天荒じゃない!
色々通り越して馬鹿だと思う。貴重なお休みを、私なんかに構わなくてもいいのに。
もう。本当に、
「馬鹿だね」
「かもね」
奏世はにっこり笑い、私の事務所前までついてきた後また同じ道をゆっくり戻っていった。


  ▽


「……」
「え、まさか疑ってる?今日は本当に事務所に呼び出されてるんだって」
先日の件もあり、今日も同じ電車に乗ってきた奏世を見るなり思わず疑いの念を向けてしまう。
今日は本当にオフではないらしい。私も今日はレッスンではなく事務所に呼び出されている。いつも通り、空いている席に二人並んで座る。
「そうそう!今日、身体測定だったんだけどさ。身長171センチだったんだよ」
「えっ5センチも伸びたの!公式プロフィール、更新しなくちゃね」
「……ああ、マネージャーに伝えておくか」
自慢げに背筋を伸ばす奏世が少し不思議そうな顔をしたのを見て、思わず焦る。
やだ、こんなこと言ったら奏世の情報チェックしてるのバレちゃう。具体的な数値、言わなきゃ良かったかも。
私の身長はもうこれ以上伸びそうにない。ということは、奏世とは9センチ差。
数年前までは私の方がずっと上だったんだけどな、いつの間に私を追い越したんだろう。
ますます奏世が大人に見える。そうだ、子役時代から奏世は年相応に見えなかった。
顔はどちらかというと幼さが見えるのだが、言動や眼差し、思考が年に伴わっていない。言わずもがな、演技力も。
「じゃ、かんなちゃんまたね!」
「いや、『また』は無くていい」
ニコニコ手を降ってくる奏世を一蹴し、さっさと事務所に向かう。
が、この「また」がこんなにも早く訪れるとは奏世さえ思わなかっただろう。



  ▽


事務所に着けば、古坂さんが何やら資料を沢山持って待っていた。
「栞菜!CMのお仕事入ったよ!」
「本当ですか!何のCMですか?」
「紅茶飲料のCMみたいよ。その打ち合わせが入ったから、今から行くよ」
久しぶりのCM出演依頼に思わず顔が緩む。紅茶飲料かあ、紅茶大好きだから嬉しいな。きっと最後に御礼としてまとめてくれるよね、なんて楽観的に考えながら古坂さんの車で移動する。
CMはいわばその商品を売り出すための一つの宣伝なわけで、それが自分の苦手な商品だったらうまく宣伝は出来ない。だから、CMに関しては自分が納得できるものにしか出ないようにしている。今回は、私が紅茶を好きなことを古坂さんは知っているから、古坂さんが判断して依頼を受けてくれたのだろう。
「さて、着いたよ」
テレビ局の会議室へ向かう。制作サイドとの打ち合わせだ。
エレベーターであがり、指定された会議室の扉の前に着く。
ノックする直前、古坂さんは突然口を開いた。
「言い忘れてたけど、今回のCMは共演者がいるから」
「え?共演者?」
私が聞き返した時にはドアをノックしていた。
まさか古坂さんがそんな大事なことを会議室に入るまで忘れていたなんてことはない。意図的にだ。
嫌な予感しかしない。だって、思い当たるのはたった一人。
「……やっぱり!」
「え?小鳥遊栞菜?」


  ▽


「かんなちゃん、お疲れ」
「本当にね」
奏世も共演者が私だと知らされていなかったらしい。お互い目をこれでもかってくらいに真ん丸くし、動揺した。
奏世と共演なんて、3年前の映画以来だ。二人だけでは初めてだ。
制作サイドからの説明によると、今まで発売されていたダージリンティーとジャスミンティーが美味しく生まれ変わって来月から発売されるらしい。ふたつのフレーバーを対立させるという構図で売り出すとのことだ。私が赤のダージリン、奏世が青のジャスミンだ。
「一緒に帰るのは初めてだよね、やっぱり俺と帰ってくれるなんて俺のこと好きなんじゃない?」
「……ん、何か言った?」
あ、あれ。そういえばあまりに吃驚して、奏世に「とりあえず帰りながら話そう」って言われて流されるままここまで来てしまったんだった。でも今はそれどころじゃない。
奏世と仕事。しかも二人だけで。それだけで私はもう心臓をぎゅっと掴まれたような感覚だ。
あの映画から3年が経つけれど、私は成長できているのだろうか。少しでも奏世との距離を縮められているのだろうか。奏世は、いつか私を認めてくれるだろうか。
「かんなちゃん?」
「え、ああごめんね。アンタといたら意識が思わず逃げちゃった」
「えー奏世クン悲しい」
とにかく、奏世との仕事。
今はそれだけを考えてこなしていかなくちゃ。



撮影当日。
赤のダージリンということで、真っ赤なジャケットに真っ赤なプリーツスカート、それから真っ赤なミニのシルクハットという、本当に全身真っ赤の衣装だ。
しかし、ただ真っ赤なだけでなく、葉をイメージした模様が胸元のリボンとプリーツスカートにあしらわれている。
この様子だと、奏世は恐らく全身青だろう。ジャスミンなら、模様は花だろうか。
「はい、ヘアセットも終わったよ」
「わああ、可愛い!」
ヘアメイクさんに髪をふわふわに巻いてもらう。地毛がストレートなので、普段と違う髪に思わずテンションが高まる。
そういえば、初CM撮影の時もこうやって衣装や髪型に胸躍らせたなあ。あの時は豪華なドレスを着せてもらったから、尚更目が輝いた。
このお仕事の魅力は、色んな人になれることだ。それは中身だけでなく見た目にも言えることで、こうやって普段着ないような衣装を着せてもらったり髪型をめいいっぱい弄ってもらえる。
鏡を覗き込む。メイクさんにお化粧を淡くしてもらったおかげで、いつもの自分より幾分かキラキラして見える。けれど、瞳には若干の不安の色。
ライバルとはいえ、相手は年齢も芸歴も年下よ。努力だってしてきた。演技に対する情熱だって誰にも負けないつもり。
頑張れ、自分。頑張れ、小鳥遊栞菜。
敢えて強気で挑むことにした私は、しっかりとした足取りで撮影現場に入った。
「小鳥遊栞菜です。本日はよろしくお願いします!」
深々と頭を下げる。が、今日は厚底ブーツなので重心のバランスが取りにくい。あまり頭を下げすぎるとふらつきそうで、ぐっと足に力を入れた。
「牧丘さん入りまーす!」
スタッフの声と共に、奏世がスタジオ入りした。
「牧丘奏世です、よろしくお願いします!」
予想通り、奏世は全身青の衣装だった。青いジャケットに、青いズボン。奏世はネクタイとズボンがジャスミンを連想させる花柄であしらわれている。
奏世はどんな格好も様になるのね、と遠目で見ていたら、目線に気が付いたのか奏世がこっちにやってきた。
「おはよう。今日はよろしくお願いします、小鳥遊さん」
「おはよう。こちらこそよろしくね、牧丘くん」
二人はCMの構図では対立関係だ。だからなのか、それとも仕事だからか、他人行儀で挨拶してきたので私も素直に応えた。

「それじゃあ、撮影入りまーす!」
各々に指示が飛び交う。しばらくして栞菜と奏世もセットに呼ばれる。
私が準備をしようと動き出した時、奏世が私を追い抜き颯爽とセットへ入っていった。
「可愛い」
この言葉をすれ違いざまに落として。
「え」
セットに入った奏世はもう役者モードだった。
冗談かお世辞だったと思うけど、勝手にそんな言葉を残して自分はさっさと仕事モードになるなんて、狡い人。
ただでさえ奏世との共演に気を張り詰めているのに。ここだけの話、気を負いすぎて今朝はまともにご飯が食べれなかったくらいなのに。
でもこんなことで動揺してはダメ。頑張らなくちゃ。頑張れ、小鳥遊栞菜。
今、目の前にいる人はずっと追い続けたライバルなんだから。


  ▽


「――私はダージリン」
「――僕はジャスミン」
「――あなたは」
「――どっち?」
撮影から半月。ついにCMが放送され始めた。
バックライトを浴び、シルエットが浮かび上がる私。順光を浴びながら商品を手に持ちモデルウォークで数歩歩く。次に氷のたっぷり入ったグラスにダージリン紅茶が爽やかに注がれる接写。
そして、私を照らすライトとカメラが右にパンし、同じくバックライトを浴びた奏世を映し出す。その後は私と同様の順序にCMは進む。
最後、真ん中からきっちり赤と青に分かれている背景の前で、私と奏世が商品に口付け、先程の台詞でCMは終わる。
「わああっ、お姉ちゃんと奏世くんカッコイイ!」
「そう?」
「うん、モデルウォークもばっちり決まってたよ」
「円花に言われると安心」
個人的にもこのCMはお気に入りだった。奏世を前に上手く出来るか不安なところが正直あったが、結果的に良い出来栄えだと思う。
奏世の演技は、やっぱりすごかった。高校生になったばかりとは思えない程のクールさを醸し出しながらのウォーキングは、格好良いという言葉じゃ勿体ない。その色気を含む眼差しに思わず鳥肌が立ったくらいだ。
ちゃんと絡みのある共演は初めてだったが、率直な感想は「楽しい」。
確かに奏世相手では緊張もしたし気負いもした。自分を自然と追い込もうとしていたし、その結果食欲さえ落ちた。
けれど、私がライバルと決めた人だ。仕事に対する熱や取り組み方、想い、姿勢。その全てが気持ちよかった。一緒に演じたい、と思わせるものだった。

「……また、」
「ん?何か言った?」
また、奏世と仕事がしたい。一緒に同じ作品で演じたい。
やっぱり奏世は私が追い求めるものだ。


  ▽


「かんなちゃん、おはよう!」
「……休日まで電車が一緒だと流石に怖いんだけど」
「本気でたまたまだって」
「そんなことあるわけないでしょ!」
今日は撮影がないため、レッスンがお昼まで入っている。レッスン後には古坂さんとランチの予定だ。確か、地中海料理の美味しいお店を見つけたって張り切っていた。
「牧丘くんもレッスンなの?」
「いや、今日はファッション雑誌のインタビュー」
「そう」
心のメモに書き留める。発売されたら逃さず買わなくちゃ。
しかし、やはりその容姿だとファッション雑誌のお仕事も多い。メンズファッション雑誌は買うのにちょっぴり抵抗があるから、女性雑誌のインタビューであってほしいと個人的に願う。
休日なので今日の奏世の格好は私服だった。5月の陽気にぴったりな、爽やかな色合いのシャツが悔しいほど似合っている。
「この前、その雑誌でゲストとして撮影させてもらったんだ。モデルの女の子の恋人役として」
「えっ女性ファッション雑誌なの?」
「え、気になるのそこ?」
「他に何があるのよ」
「恋人役やったんだけどなあ。ヤキモチやいてくれてもいいのに」
「牧丘くんの彼女でも何でもないから、私」
「そのモデルさん、MADOKAちゃんなんだよね」
「え!」
MADOKAとは、正真正銘私の妹である。数年前にティーン向けのファッション雑誌でモデルデビューしたのだ。芸名は本名をそのままローマ字表記にしただけである。
既に撮影したと言っているが、円花は何も言ってなかった。
きっとわざとだろうな。家に帰ったら円花問い詰めてやる。
「……て、あれ?知ってるの?」
「うん。妹さんでしょ?俺と同い年の」
そうだった、妹と奏世は同い年だった。へえ、奏世が円花の恋人役。
絶対雑誌買っておこう。
「かんなちゃん、ここまで言っても嫉妬してくれないのか。むしろ燃えてきた」
「何にも燃えなくていいから」
「もしかしてかんなちゃんってツンデレ?」
「そろそろ黙った方が身のためだよ」
3年間付きまとわれているけど、この春から電車も一緒になれば冷たくしても距離が縮まってしまっている気がする。奏世の浮ついた発言を一蹴しても、自惚れは日に日に増している。
どうしてこの男は自惚れるの。どうして私にそんな言葉をかけてくるの。
仕事モードの奏世を沢山見ていても、プライベートの奏世はよく分からない。どれも奏世には変わりないはずなのに。
「じゃあ、かんなちゃんも頑張って!」
雑誌の編集部に直行だという奏世は、私の降りる駅の手前で降りていった。



  ▽


レッスンを全て終え、古坂さんの車でランチしに行く。
その地中海料理のお店は事務所から車で30分ほどのところにあった。
店内は落ち着いた雰囲気で、運ばれてきたブイヤベースはニンニクが良く効いていて美味しい。
「この前は撮影お疲れ様。CM見たけどとっても良かったよ」
「ありがとうございます」
古坂さんはパエリアを美味しそうに口に運んでいる。古坂さんは大食いではないものの食べることが大好きで、よくこうやってお店に連れてきてくれる。しかも、古坂さんのお店選びは外れないのだ。
「……栞菜」
「はい?」
「学校、楽しい?」
あ。そういえば、知っていてくれているのは古坂さんだけだったな。
少し、お腹のあたりがきゅっとなった。
「はい、高校はとっても楽しいですよ」
「そう、なら良かった」
私の過去を知っているのは古坂さんだけだ。
今の私はもう弱くない。ちゃんと自分の足で立っていられるし、小さなことじゃ挫けない。
「中学と違って、何もないですから」
高校には私をいじめる子は一人もいない。
中学はそれこそ酷いもので、今でも思い出したくない過去だ。
いじめの内容が酷い訳じゃない。いじめ自体はくだらないことばかりで、辛かったのは時期だった。奏世が人気子役としてその名を轟かせた後から高校に上がる頃まで、私は今までの人気っぷりからは考えられない程、人気が停滞した。
「栞菜ちゃんは演技がすごくいいけど、微妙な年齢だからね」
それはまるで、もう人気の時みたいに可愛くはないと言われているようだった。お前が成長していく姿には興味ないとでも言われているようだった。
だって実際、人気は減った。
それはつまり、そういうことでしょう?
中々仕事がまわってこない期間、勿論奏世はどんどん人気を博していった。それが辛かった。追いかけたいのに、追いかける術が与えられない。奏世ばかり大きくなって、私には光が当たらない。
そんな時期に、学校でも友達があまり口をきいてくれないと、流石の私も応えた。
小さないじめの理由は妬みだった。

最初は「アンタ、松木くんに色目使ったでしょ!」とクラスの女王様のような女の子から呼び出されたことだったと思う。
私、男の子には誰にも興味ないし。というより、恋愛に時間を割く暇はないの。私は仕事を選んだ代わりに青春を諦めたの。そもそも、松木くんって誰ですか?
心の中で反論の言葉を並べてみるが、それを口に出せば火に油だと分かっていたから敢えて何も言い返さなかった。
それが彼女にとって癪だったのか、そこからあまりクラスメイトが口をきいてくれなくなったのだ。芸能人だからって生意気だ、と。
仕事が絶不調なら、せめて友達との時間に救われたかった。
私は、車で迎えに来てくれていた古坂さんが「栞菜、何があったの」と問うてくれていなかったら、誰にも救われていなかったかもしれない。
どうして分かったんですか、と古坂さんに聞いたら、「だって栞菜、学校なのに気を張り詰めたような顔をしてたから」だそうだ。血の繋がらないただの他人と言えど、隣で一緒に仕事をしている古坂さんには何でもお見通しだと観念し、全てを吐き出してしまった。
「栞菜、ごめんね。思い出させちゃったね」
「え?」
「さっきから進んでない」
ブイヤベースを指差され、慌てて口を動かした。
でも、本当に今は大丈夫。
高校では友達が沢山いるし、お仕事もまた増えてきているし、それに。
「……牧丘奏世のおかげでもあるかも」
「え?奏世くん?」
「だって、彼がいなかったらあの時演技も諦めていたかもしれない」
幸いにも目標があったから、負けず嫌いの性格で乗り越えられたのかもしれない。
そう考えると、奏世にも救われているということになるのか。
でもやっぱり、本人にはこんな気持ちを素直に伝えることなんて出来ないし、冷たくあしらってしまう態度も改めることができない。また同じ電車になっても、きっといつも通り奏世の自惚れに毒づいてしまうだろう。


季節は梅雨に差し掛かり、雨勝ちな日々が続いている。
最近は私の出ている番組も奏世の出ている番組もあまりないため、毎週の楽しみは塩谷さんの出ているドラマだ。
あれから二ヶ月以上が経とうとしている。ドラマは終盤に差し掛かり、次々と大きな展開が起こるので、より一層目が離せない。
「――おい、お前目ぇ覚ませよ!」
「――珍しいね、あんたが他人にそういうこと言うの」
「――は?」
「――そんなあんたに言われても、何にも響いてこないから。あたしはあたしの勝手でしょ。構わないでよ!」
「――おい、リサ!」
何と、私の予想と古坂さんの予想がどちらも当たった。塩谷さん演じる主人公がリサに恋に落ちるが、リサが妻子持ちの男性と恋愛関係を持っていたことが発覚したのだ。
何ともドロドロな展開なのだが、爽やかな印象も生まれるのは何故だろうか。それが、塩谷さんを含む役者さんの実力と言うのか。
「ねえ、栞菜。最終回は二人で一緒に事務所で見ようよ!」
「あ、いいですね。古坂さんとなら楽しめそう!」
今日は既に雑誌のインタビューを出版社で受け、今から古坂さんの車で事務所に向かう。雨が酷く、足元が悪いからとわざわざ自宅まで迎えに来てくれ、出版社まで連れて行ってくれた。
古坂さんのマンションと私の自宅はさほど遠くはないが、それでもこうして気を遣ってもらえるのは嬉しい。
「それで、わざわざ事務所に帰るなんて何かあるんですか?」
普段ならレッスンが入っていない限り、事務所に帰ることはあまりない。と言うことは、何かお仕事でも入ったのだろうか。
古坂さんは少し苦笑いを浮かべ、それから口を開いた。
「まあ、行けば分かるから」
古坂さんが濁す時は、大抵私にとって意表をつかれるような出来事が待っている。この前の奏世とのCM共演だってそうだ。言いづらいのではなく、敢えて濁しているのだ。
でも、苦笑いも添えるなんて。今回は本当に言いづらいことなのだろうか。
色んな憶測を立ててみるが、どれもピンとこない。あと10分で事務所に着くから考えるのはやめよう、という考えで結論付けた。