このドラマデビューが、初めて他の役者と共演の仕事となる。しかもその殆どが母と同年代ほどの女優や俳優。役者界における、いわばベテランの人だらけ。
そんな状況に初めて立たされ、これから私は本当の演技の楽しさを少しずつ知ることになる。
当時のマネージャーさん(古坂さんの前は男の人だった)に連れられ、小さな会議室で打ち合わせを行う。台本を渡され、ドラマの構成や私の役どころ、撮影期間などを聞かされる。丁寧なことに、台本を読んでみると私の出るシーンは難しい漢字にルビが振られていた。
「栞菜ちゃんは加瀬悦子さんの娘役として出てもらいます」
「加瀬さんは今話題の化粧品のCMに出ているベテラン女優さんだよ」
後ろからマネージャーさんが教えてくれる。
幼い私でもCMの名前を言われれば顔が思いつくほどのベテラン女優だ。初CMといい、初声優といい、デビューから大きな仕事ばかり続いている。そこまで大きな仕事が自分に舞い込んでくるのは怖いくらい不思議だ。
それでも、声をかけてもらったからにはきちんとやり遂げる。ベテラン女優だからと怖気づくようなことはこの年じゃまだ覚えていない。
やれる、出来る。
そう思って挑んだ初ドラマ。
「ママ、どこいくの?どこにもいかないって、やくそくしたよね!」
自分の本当の母以外の人間を「ママ」と呼び、「ママ」として接する。それは5歳という幼さでは中々上手く演技の出来る設定ではなく、初めて何度もNGを出した。
私の母は、ドラマの設定を考え撮影現場には顔を出さなかった。それでも、中々上手くいかない。
悔しい、悔しい、悔しい!
大人が眉を下げながらカットを入れるのも、ベテランの役者さんたちに同じシーンを何度も付き合わせてしまうことも、自分が上手く演じられないことも、悔しい。
「かんなちゃん、深呼吸してみて」
「しんこきゅう……」
「それと。今は私の娘よ、『ゆーちゃん』」
母親役の加瀬さんが私の頭をゆっくり撫でてくれる。
一度、目をつむる。言われた通りに深呼吸を一つすると、瞼の裏には母の笑顔が浮かぶが、私はその姿に一度、「バイバイ」を告げる。
バイバイ、またあとで。
目をあけると、そこには加瀬さん。「一人娘のゆーちゃん」のママ。
私に背を向け、どこかへ行ってしまおうとしているのは、私のママ。