夕焼け空の中、私達は手を繋いで帰る。
「叔父さん達、大丈夫なのかなぁ。あのまま放っておいて」
 梨緒は先ほどから、壊れた栗林のことばかり気にして私に訊いてくる。
「大丈夫よ。恐らくはね」
 それは嘘だ。きっとあのまま栗林は壊れたままで一生を終えてしまうだろう。
 冷たい牢屋の中で。
「それならいいんだけど、それよりさ、有加。一つ聞きたい事があるんだけど」
「いきなり何?」
「さっき、なんで有加が指を鳴らしたら栗林氏の声が急に聞こえるようになったの?」
 ついに、この質問が来てしまったか、そう思った私は、隠し通す方向で考えたけれども、
「いいわ、特別に教えてあげる。私のヒミツ」
 私のヒミツ。それは、私が声を発するだけで人に暗示をかけて操ることが出来ること。
 範囲は私の声の聞こえる人間。つまり、公共の電波で私が演じ、命令すれば、私の声を聴いた不特定多数が私の命令に従ってしまうことになる。
 だから、私は生きている者の演技は出来ない、声を一切出さない死人の役しかできないのである。
「有加にそんな能力があったなんて、一緒に暮らしていて全く知らなかったよ」
 家の玄関前で、梨緒は驚きつつもそう答えた。
「そうね、だって……」
 私はそっと梨緒の頭を撫でる。
「それを言ってしまっては、梨緒が守れないもの。さぁ、眠って今日一日のことは全て忘れちゃいなさい」
「あ……れ……」
 梨緒は私の言うとおりに、がくんと力をなくして眠ってしまった。

 梨緒を部屋のベッドまで運び、私は家の庭に足を運んだ。
 その手には、父さんが書いた小説の束を持って。
「さて、コレも梨緒が気づく前に処分しておかないとね」
 私は、その紙の束たちにライターで火をつけた。
 メラメラと勢いよく燃える紙の束に手を離すと、火の粉を振りまきながら幻想的に燃えていく。
 事件も解決したし、今日の出来事の梨緒の記憶は抹消され、これで、全て終わり。何事も無かったように私達の明日は来る。
「先輩も本当に馬鹿だよね? 共依存から逃れようとなんて思ったから、殺されることになったんだ」

 実は、私は先輩から相談事の内容を事前に聞いていた。
 『自分が彼氏の世話をするあまり、彼氏がダメ人間になっていくような気がする。だから、私と彼氏の依存を直す策を一緒に考えて欲しい』と。
 私は無論、そんなの難しいから諦めた方がいいのじゃないかという提案はしたが、先輩は私の忠告を聞かなかった。
 その結果が、アレだ。
「本当に愚かでたまらないわね」
 私はクツクツと笑いながら、燃え盛る紙の束たちを眺めていた。