混濁する意識の中、僕はアノ日の記憶が蘇る。

 幼い頃、有加に静さんの本を紹介して貰って、それを渡された僕はワクワクしながらソレを読んだんだ。
 すると、なんだか心の中に黒い何かが湧き出たような気がした。
 それはドンドンと大きくなって、やがて僕さえ飲み込んでいった。
「りおくん、どうしたの? 難しい字なら、教えてあげられるけど?」
 有加は僕がボーっとしているのを心配して覗き込んでくる。
 その有加の首を急に自分の手で絞めたくなったのだ。
 まるで、読んでいたミステリーの犯人のように。
 僕は無言で立ち上がり、有加のその白い首に両手を添えた。
「……りおくん?」
 その様子を不安そうに見つめる彼女。
 不安そうな顔がたまらなくて、僕は添えていた両手に徐々に力を加えた。
「なっ……り……くん」
 有加は気道を塞がれ苦しそうにもがくけれども、僕は一向に力を緩めない。
「た……すけ……て……」
 彼女は涙を流しつつ、かすかな声で僕に助けを乞うけども、僕はそのまま彼女の首を絞め続ける。
 やがて、彼女は抵抗する力も無く、だらんと動かなくなった。
「あ……あ……」
 その瞬間、僕はハッと我に帰って、絞めていた両手を離すと、彼女が崩れるように床に倒れこんだ。
「え、ゆか……ちゃん? え? これは……僕がやったの……?」
 その悲惨な現状に僕が硬直した瞬間、空に稲光が走った。

 僕は、一度、有加を殺したのだ。この手で。


「おい、いい加減起きろ」
 僕は有加の声で目が覚めた。
「あれ?」
 気が付くと、先輩の部屋の玄関で寝転がっていた僕、一体今まで何が起こったんだ?
 そういえば、僕は静さんの小説受け取って、それから……。
 それから……。
 それから先の記憶が無い。
「有加、僕、一体どうなっちゃったの?」
「何寝ぼけているの? 梨緒が急に玄関へ向かって走った瞬間にぶっ倒れたのよ」
 『頭大丈夫かぁ?』と有加は僕のおでこにデコピンをかました。痛い。
「さて、事件は無事解明されたわよね? おじさん?」
 有加は満面の笑みで叔父さんに話しかけると、
「あ、あぁ。コイツの様子をみるとそうだろうな」
 叔父さんの視線の先には、何やら口を動かしつつ放心状態でいる栗林氏の姿がそこにあった。
「そういえば、言葉を封じていたっけ? 今、解いてあげましょうか?」
 有加がそう言って指を鳴らすと、栗林氏は、
「文香ゴメン、俺のせいだ……」
 と延々と口ずさんでいるのが聞こえた。
「あんなのを見せられたら、精神的には許容オーバーってとこかしらね? フフフ」
 有加は楽しそうに笑う。その姿に背筋が凍りつきそうになる僕。
 時々、有加が怖くなってしまうときがある。でも、そんな有加から離れられないほど依存してりまっているのが僕だ。
「恐らく、自殺しようとしたけど、死ぬに死に切れなかったんでしょ? 貴方の右腕、リストカットだらけだけど。まぁ、事情は署で聞いてもらってね。精々、残りの命を大切にね?」
 有加の言葉に、栗林氏に何かのスイッチが入って、
「う……あ、あはは……あはは」
 そして、壊れた。
 叔父さんはそんな栗林氏に自分の上着を被せて、有加を睨んだ。
「有加、お前という奴は、本当に……。叔父として恥ずかしいぞ」
 辛そうな声をあげる叔父さん。一方で有加はつまらなそうな顔をする。
「恥ずかしい? 私は私の思ったとおりのことをしているだけ。皆にとっては“ナシ”だとしても、私には“アリ”なことなの。誰一人、その邪魔はさせないわ。さて、」
 有加は僕に手を差し出した。
「さ、梨緒、かえりましょ?」
「う、うん……」
 僕は有加の手を取った。