「ただいま」

二階建ての一軒家に着いて玄関を開けた。出迎えはない。俺はこの広い家で今はじいちゃんとふたり暮らしをしている。

紐靴を乱雑に脱いで、そのまま自分の部屋に続く階段を登った。

制服のままベッドに横になると、柱についている印が目についた。それは黒いマジックで記されてある身長の記録だった。

俺の誕生日ごとに母さんがいつも嬉しそうに書いていたことがよみがってくる。

『そんなのいちいち記録しなくていいから!』と気恥ずかしさで乱暴に言ったこともあったけれど、内心はとても嬉しかった。

俺が二十歳になったら止めると言っていた身長記録は十歳のままで止まっている。

ヒリヒリと胸が痛くなって、俺は思い出の記録に背を向けて目を瞑った。


次の日。いつもと変わらない朝を迎えた。

学校までの道のりは徒歩で十五分ほど。周りとのコミュニケーションを遮断するように、耳にイヤホンを装着するのはいつものことだ。

下り坂ばかりが続く通学路の途中で、野良猫が数匹集まっていた。まるで朝の挨拶をしているように見えるが、一方の俺は登校中から教室に入るまで誰とも会話を交わさなかった。

無言のまま自分の席に座り、机に顔を伏せていると、元気な声が飛んできた。

「悠生くん、おはよう!」

それはイヤホン越しでもよく通るほど。低血圧の俺にはなかなか耳に響く声をしている。