離したあとも抱きつかれていた感触が強く残っていた。小柄なくせにバカ力だなと思っていると、茅森は怒ったように声を張り上げきた。
「海に飛び込むなんて絶対にダメだよ!」
ふたりの緊迫した空気とは裏腹に、堤防の横の道路ではガタガタとおかしな音を出すおんぼろトラックが通過していった。
汽笛が聞こえたかと思えば、遠くにいたはずの漁船が白波をたてて戻ってきていて、長く続いている線路沿いの柵の向こうでは、電車が駅に到着しようとしていた。
静かだった辺りが一気に騒がしくなってしまい、俺はため息をつく。
せっかくいいタイミングだったのに、茅森のせいで台無しだ。
「ちょっと、悠生くん。聞いてるの!?」
茅森が子犬のようにキャンキャンと吠えていた。
同級生たちからは才色兼備なんて言われている彼女が、目じりを吊り上げて怒っている。
……こんな顔もする人なんだ。
普段は笑ってばっかりだから、意外だった。
というか、なんで俺のために怒ってるんだろう。全然、毛ほども関係ないというのに。
「私、なんでも話聞くからどこかに移動しよう! この近くにカフェとか落ち着いて話せる場所ってあったりする?」
相変わらずいい匂いがする艶やかな黒髪を揺らしながら、茅森が言った。
クラスメイトから好かれているので、悪い人ではないと思う。でも俺からしたら親切すぎてかなり怪しく見えてしまった。