「結婚……結婚かぁ……」

 濃く落ち着いた桃色に染められた単衣着物の裾をうまくさばきつつ廊下を歩いていた私は、仕事中だというのについ独り言ちてしまう。
 しかし、今日ばかりは許してほしい。
 何せ、親子そろって倒れたことに加え、五十鈴川の二代目水神であるミヅハとの婚姻を言い渡されてからまだ一晩だ。

 母様の部屋から退出後、ミヅハは何も聞くなというオーラを放ち、仕事へと戻っていった。
 私を介抱し、運んでくれたことのお礼を伝えたかったのだけれど、仕事とあっては無理に後を追うことも憚られ……。
 それから、あまり眠れないまま夜が明けてしまい、ミヅハと再び顔を合わせたのは今朝のこと。
 着慣れた仕事着を纏い、肩より少し長い髪を後ろでまとめ、支度を済ませた私が、朝食の準備を手伝う為に宿の一階にある調理場へ向かっていた時だ。

『体調はもういいのか?』

 背後から声をかけられて振り返ると、ミヅハが僅かに首を傾げ立っていた。

『おはよう、ミヅハ。体はもう平気よ。それよりも昨日の』
『平気ならいい。無理はするなよ』

 お礼が言いたかったのだが、彼は多分、伏せておきたい内容について尋ねられると予想したのだろう。
 私の言葉を遮るように素っ気ない声を被せ、着物の袖を翻し、さっさと立ち去ってしまった。

 その時、私は思ったのだ。

 昔のミヅハならともかく、ここ数年のミヅハは冷たい。
 いや、正確には、優しいところもあるが、なぜか私にはそっけない、だ。
 声色に刺はないので嫌われていないことはわかるし、普段あまり気にはしていないのだけれど、それは幼馴染としての話。
 結婚となればうまくいく気が全くしない。