暗闇の中で声が、聞こえた気がする。
 いつき……と、私を呼ぶ声が。
 私は……いつきという名だったか。
 意識がはっきりせず、自分の存在さえ曖昧な中、また誰かが私を呼ぶ。
 今度は、違う声。

『……か……』

 呼び方も違う気がする。
 早く返事をしなければと口を開いたが、音にはならない。

『……かせ』

 誰なの。
 誰が”私”を呼んでるの?

『千枷』

 耳心地のいい声がハッキリと聞こえた途端、私の胸は震え、意識が一気に浮上した。

「千枷、どうした?」

 目的地である竪穴住居の前、背後からかけられた声に私は振り返る。
 茅葺屋根を被った家屋、背の低い入り口からひょっこりと顔を出したのは、私の幼馴染である龍芳だ。
 彼は、端整な顔にある二重の瞳を丸くして私を不思議そうに見つめていた。

「あ……うん、さっきから呼ばれてる気がしてて」
「俺ではなく、か?」
「違うような……そんな気がするような……」

 高い秋空を彩るように色付く紅葉。
 葉が、はらはらと柔らかな風に乗って落ちるのを目にしながら曖昧に答えた私に、龍芳は「またあやかしか?」と小首を傾げた。

「声の主を探すなら手伝う。が、今はとにかく中へ」
「そ、そうね。干汰から私にお客様が来てるって聞いたけど」
「ああ、なんでも京の都から来たらしい。千枷の力を借りたいそうだ」

 私の力とは、赤子の頃からずっと普通の人には視えないものが視え、言葉を交わせるという体質のことだろう。