それと同時に若い男の手が学生服のズボンを引っ張り、リヤカーの取っ手に足をかけている大吉を、引きずり下ろそうとしてくる。
「離してください。僕の宝物が燃えてしまう。取りに戻らないと!」
叫ぶように事情を話した大吉は、ズボンを掴む手を振り払おうとするが、男は放してくれず、低い声で冷静に説得してきた。
「たった今、一階の天井に火が回った。この辺りの家屋の構造、木材の種類、風向き、湿度と気温をざっと計算すれば、その窓から火を噴くのは三分五十秒後だ。やめたまえ」
「それだけ時間があれば大丈夫です。アレがないと生きるのもしんどい。放してくださ……あっ!」
バランスを崩した大吉は、大人の背丈ほどの高さから地面に落ち、尻餅をついてしまう。
痛みに顔をしかめつつ、目の前に立つ男を恨めしげに見上げて驚いた。
年の頃は、二十代後半ほどであろうか。
大吉より頭ふたつ分も上背で、手足がすらりと長い、美々しい青年である。
目鼻立ちがはっきりとし、耳にかかる長さの焙じ茶色の髪は柔らかそうにうねり、瞳は琥珀色だ。
話し方は日本人そのものだが、外国の人なのか、それとも混血なのかもしれない。
格子模様の茶色い背広がなんとも洒落ていて、彼の端正な顔立ちに良く似合っている。
立折襟の白いシャツにネクタイ、山高帽。背広のボタンホールからポケットへと続いている金の鎖の先には、懐中時計がありそうだ。
革靴はどこの職人が作ったものなのか、大吉がこれまで羨ましげに眺めてきたものより、格段に立派な品である。
青年は、大吉がいつかこんな大人になりたいと夢見てきた以上の身なりをし、想像が及ばないほどの美形であった。
(こんな男が僕と同じ世界で生きているのか。函館は広いな……)
青年の容姿に驚いたため、大吉はひと時だけ慌てることを忘れている。