息子がわからぬほどのスエの病状と悲惨な生活を知っても、心配してやるものかという意地が感じられた。
左門は構わず、説明を続ける。
「料理帳に詳しくレシピが書かれておりましたので、スエさんのライスカレーを再現するのは容易だと思われました。しかしながらひとつだけ、わからない点が。それは出汁の種類です」
“出汁四合を少量ずつ注ぎ入れて”と書かれているが、なんの出汁なのか。
おそらくは和風出汁だと思われるが、昆布に鰹節、煮干しなど、その家庭で日常的に使っているものは異なる。
それについて左門が悩んでいたのは、三日前の夜のこと。
書斎にて考えつつ、役所で写したスエの戸籍用紙を眺めていたら、あることに気づいた。
スエの出生地は函館ではなく、近郊の漁村である。
子供の頃に一家で函館へ移り住んだ記載があった。
その出世地の漁村が偶然にも大吉と同じであり、地番を見れば集落も近いようだ。
出汁というものは母親から娘に受け継がれるものであると同時に、地域性もある。
それで左門は大吉に、実家の出汁の種類を聞こうとしたそうだ。
そこまでの話で、大吉はあることをハッと思い出した。
三日前の夜、試験期間が終わったので、その日は遅くまで勉強することなく、午後十時頃に床に就いた。
うとうとと夢の世界に落ちかけた時に、『入るぞ』と声がして、襖が開けられたのだ。
驚いて目を開ければ、廊下から差し込む黄ばんだ光の中で、上から見下ろす左門の顔があった。
『夜這いですか……?』
上擦る声でそう問いかけたら、怖い顔をした左門に腹を踏まれそうになったのだ。
勘違いを謝って布団に身を起こし、用向きを尋ねると、『実家で使っている出汁の種類はなんだ』とおかしな質問をされた。
なぜ夜中にそんなことをと思ったが、今やっと腑に落ちた。