なんだろうと思いつつドア口に突っ立っていると、手紙を書き上げた左門が白い封筒に入れて糊付けし、ビロード張りの椅子から大吉を呼び寄せた。
「手紙を出してくればいいのですか?」
封筒を渡された大吉の頭には、坂を下った角にある呉服屋が浮かんだ。
円柱状の鉄製で、朱色に塗られたポストがその店先にある。
けれども左門に「いや」と否定される。
「時間がないのだ。直接、届けたまえ。中江一家への招待状だ」
「中江さんに招待状?」
首を傾げた大吉に左門が補足するには、本日、開店前の浪漫亭に招きたいのだそう。
一件落着したとはいえ、迷惑をかけられたのはこちらである。
なぜご馳走せねばならないのかと理由を尋ねても、「連れてくればわかる」と、教えてくれなかった。
「必ず一家五人でだ。ひとりでも欠けてはいけない」
なぜかそのような条件も強調して付け足され、大吉の眉が寄る。
浪漫亭の開店は十時からで、今の時刻は八時半になろうかというところである。
開店前の招待ということは、今すぐに手紙を渡しに行き、一家を連れて一緒に戻ってくる必要があるだろう。
(中江さん一家に予定がなければいいが、それにしても急すぎて迷惑ではないだろうか……)
そう思った大吉だが、「馬車を呼んである。それに乗って行きなさい」と書斎を追い出された。
相変わらず、身勝手な紳士である。
一度、自室に戻り、急いで着物からコック服に着替えをした大吉は、浪漫亭の玄関前の駐車場へ駆けていく。
するとそこには、辻馬車が幌を下ろして止まっていた。
「おはようございます」と御者が頭を下げ、大吉に踏み台を用意してくれる。
行き先は左門から直接聞いていたようで、大吉が座席に腰を下ろすとすぐに馬に鞭をくれ、馬車はゆっくりと坂道を下っていった。
初夏の気持ちの良い風に吹かれること数分して、中江家の門前に着く。