中央に真っ白な卓布がかけられた長テーブルが置かれ、椅子は八脚。
壁には金の額縁に入れられた西洋画が飾られている。
蓄音機もあり、その横の棚にはあれこれと迷うほどにレコード盤が収納されていた。
絨毯も電灯も、この部屋にある全ての調度品が、一階のホールにあるものより品質が良いのは、大吉にも理解できた。
経営者の青年は背広の上着を脱いで衣紋掛けに吊るし、山高帽と一緒に壁のフックにかけている。
背広の皺や火事場でついた煤を気にしているので、衣服には几帳面で神経質なところがあるのかもしれない。
白い立折襟のシャツと深い茶色のベスト姿になった彼は、当たり前のようにドアから一番離れた上座の椅子に腰掛けた。
大吉は蓄音機の横の棚からレコード盤を引っ張り出し、赤青黒の三色で印刷された外装の絵柄と英文字を眺める。
そうしながら、後ろの青年に話しかけた。
「ここには流行歌や洋楽がたくさんありますけど、浪漫亭のお兄さんはどのような音楽を聴くのですか?」
何気ない質問に、「クラシックだ」と返答はあったが、その後には注意を付け足される。
「私は君の兄ではない。その呼び方はやめたまえ」
レコード盤をしまって大吉が振り向けば、彼は黒革の手帳に万年筆でなにかを書き込んでいた。
「では、なんと呼べばいいでしょう。オーナーですか?」
「君は浪漫亭の従業員でも客でもない。そう呼ばれることにも違和感を覚える」
大吉との会話に向けている青年の意識は、おそらく半分に満たないのではあるまいか。
彼は万年筆を右手で遊ばせつつ、考え事をしているような顔をしている。
数秒するとなんらかの結論が出たようで、手帳に再び万年筆を走らせ、ページを閉じた。
立ち上がった青年は、壁にかけた上着のポケットに手帳と万年筆をしまいに行き、代わりに別の革のケースを手に元の椅子に座り直す。