どこの国のことであれ、戦争に加担するような仕事はやらないというのが、左門の流儀なのだろう。
それに加えて、重要な取引を打ち壊した理由は、もうひとつあるようだ。
左門は前髪を人差し指で払い、いささか得意げに言う。
「これで私は、大蔵商会の後継者候補から完全に外された。頭の血管が切れるかと思うほど激怒した父に、二度と敷居を跨ぐなと言われたな。願ったりだ。実に気分が良い」
左門は後を継ぐ気になったというような態度で父親を安心させ、ベレッタ社との交渉団に入り込んだのだろう。
そして父親を裏切り、わざと取引を破談に終わらせたのだ。勘当されるために。
実家との縁が切れたのならば、もう東京に呼び戻されることはなく、大吉にとっても嬉しいことである。
けれども、ひとつ気がかりなことがあり、大吉は眉を下げて問いかける。
「そのやり方だと、左門さんにも被害が及ぶのではないですか? 交渉下手だとみなされますよ」
世間は左門の企みを知らないから、わざと失敗したとは思わないだろう。
実業家としての左門の評価が下がるのではないかと気になった。
すると、くだらない心配は無用だと言いたげな目で見られる。
「この私が、事後を考慮せずに動くわけがないだろう。商談を任されるにあたり、父に条件を出した。それは私の名を出さぬことだ。父の意思を伝えるだけの、ただの代理人だと伝えて交渉し、新聞各社にも私の名が載らないよう根回ししてある。紙面を見なさい。どこにも名前がないだろう」
確かに新聞には、大蔵商会の文字がでかでかと載っていても、商談は交渉団が当たったと書かれているだけで、左門の名はない。
全ては左門の企みに沿って進行し、予定通りに終わったようで、大吉は感心を通り越して笑ってしまった。
「左門さんは怖いお人ですね。それでも僕はついて行きたい。卒業したら社員にしてください」