『貴重なものがたくさんあるから、よくよく注意したまえ』と言われたけれど、高価そうなものは中華風の壺や記念メダルくらいだろうか。
左門の屋敷に比べたら、気楽に掃除ができるというものだ。
大吉はのんきに鼻歌を歌いながら、昨日のことを思い出していた。
(嬉しかったなぁ。浪漫亭のみんなも万歳三唱だ。弥勒さんもさぞ喜んだことだろう)
弥勒はついに白馬会展用の油彩画を完成させ、それを持ってひとり、函館を発った。
それが十八日のことで、審査結果は昨日の午後に発表されたという。
ディナー時間の忙しい最中に、弥勒から電話がかかってきて、奨励賞受賞という結果を知らされたのだ。
優秀賞や主催者の名のついた特別賞などよりは低い賞であるそうだが、それでも大健闘である。
これまで全くの無名であった新人が受賞したということで、美術界から注目されるだろうと、左門が機嫌よく話していた。
(完成した日に見せてもらったあの絵は、本当に素晴らしかった。左門さんの言った通り、弥勒さんは才能があったんだな)
絵画のことなどさっぱりわからぬ大吉が、弥勒の絵に感動した理由は、その題材にある。
コック達を描きたいと弥勒が言い、連日、厨房の片隅で真剣に絵筆を動かしていた。
フライパンを操る森山や、盛り付けする若いコック、卵を割る大吉の姿も描かれていて、自分が絵の中にいることに大吉は興奮した。
『勇敢なるコック達』という題名も、褒められた気分で嬉しくなる。
実に生き生きとして、厨房の活気や料理の香り、湯気までが伝わりそうな、素晴らしい作品であった。
(弥勒さんが帰ってきたら、祝賀会を開こうと穂積さんが言ってた。それも楽しみだ。早く帰ってこないかなぁ)
弥勒は今、左門の知人宅に世話になっていて、しばらくは東京にいるらしい。
展覧会の受賞作品は一月いっぱい、入場料を取って展示される。