自分達としては良くできたと思っていたのだが、教師から褒め言葉はなく、重箱の隅をつつくような指摘ばかり。
その時の悔しさと落胆を、大吉は今日の学校でも引きずっていた。
(努力を認めてもらえないのは悲しいことだ。僕もつらかったが、弥勒さんの方が何十倍も傷ついたんだろうな。人生を賭けた大勝負だったんだから……)
大吉が静かに同情を寄せる一方で、左門は探るような視線を向けている。
「それだけか? まだなにかあるだろう」
弥勒は、頷いて続きを話す。
「約束は守らなあかん思うて、絵を描くのをやめたんや。真面目に坊主修行を一年ほど続けてな。そんな時に聞いてしもた……」
弥勒の才能を否定した画商の男が、親戚の法要で龍安寺を訪れた。
故人に向けて経を上げた後、住職と出席者達は、豪華な膳が並べられた部屋で食事をする。
酒も入り気分が良くなれば口も軽くなるというもので、画商が『惜しかったなぁ』と言い出した。
『一年前のあの絵は実に見事でした。買い取りたかったが、住職に頼まれたら断れません。僧侶として堅実な人生を歩ませたいと思う親心、わかります。ただ弥勒君の才能を埋もれさせるのはもったいないなぁ』
つまり画商の男は、住職に頼まれて、弥勒の渾身の作品を(けな)したということだ。
その才能に気づいていたのに、嘘をついて筆を折らせたのである。
料理や酒を用意する寺の女達に交ざり、弥勒も手伝いをしていた。
画商の話を襖越しに廊下で聞いてしまい、相当な衝撃を受ける。
弥勒は、多くの檀家を抱え、人徳のある父親を尊敬していた。
それゆえ、まさか罠にはめられたとは少しも疑わず、約束を守ろうと苦渋の思いで絵の道を諦めたのだ。
それが蓋を開けてみれば、どうだろう。
卑怯な方法で夢を潰されたと知った弥勒は、その日のうちに荷物をまとめて実家を飛び出したそうだ。