それは弥勒が下手なのではなく、力を出していないからだと左門は見抜いていた。
このひと月半ほどで、実に三十点以上を描かせてきたというのに、進歩がほとんどないのはおかしい。
左門に厳しく叱責されるよりも、宿無しに戻るよりも、持ちうる全ての技術を駆使して全力で絵を完成させることを弥勒は恐れている。
そこにはなにか、心因的な理由があるはずだと、左門は指摘した。
どうやら図星であるようで、弥勒は目を見開いている。
深みがあり、伸びやかで聞き心地の良い左門の声が響く。
「弥勒、話すのだ。美術品を愛する一収集家として、君の才能がこのまま埋もれるのが惜しい。それが致し方ない理由ならば、これ以上なにも強制はしない。他に無料で住める下宿先も世話してやろう。それとも実家の方が良いか? 調べたところお前の家は、龍安寺らしいな」
弥勒の大きなため息が聞こえる。
「社長はんには、敵いまへんな。なにもかもお見通しで、それも怖いわ」
弥勒は紺色の綿入れ羽織を着ていた。
ストーブに火を入れたばかりで、まだ部屋は暖まっておらず、寒そうに襟を引き合わせている。
それを見て大吉はもう一本、薪を追加し、弥勒は観念したように話しだす。
「わいの家は寺町通にある古い寺や。父親が住職をやってんねん。あそこに戻るつもりはない……」
弥勒は寺の六男坊として生まれ、幼い頃から仏門教育を施されてきたそうだ。
普通の子らが外を駆け回って遊んでいる時も、兄達と一緒に寺の手伝いをさせられ、経を読むための漢字の勉強を強いられる。
弥勒はそれがつらかった。
修行の如き生活の中で、弥勒が見つけた楽しみは、絵を描くことだ。
山門の掃き掃除中に、枯れ枝で地面に動物の絵を描いたり、お布施が入っていた封筒をもらい、それを切り開いて檀家の似顔絵を描いたりして、つらい生活から心を逃す日々。