ふたりが攻防戦を繰り広げていたら、坂の下の方からエンジン音が聞こえ、自動車の前照灯が近づいてきた。
屋敷の横の坂道を上ってきたのは左門の自動車で、玄関脇で停車した。
「げっ」と弥勒が声を上げると、仕立ての良い黒いコート姿の左門が、運転席から降りてきた。
玄関前のふたりを見た左門は、全てを察したようである。
足早に歩み寄り、弥勒の進路を塞ぐように立つと、ため息をついた。
「出て行くというなら止めはしない。だが、今夜は吹雪く。夜が明けてからにしたまえ。理由も聞かせてもらおう。私は何事においても、疑問のままで終わらせることを許さない性分なのだ」
室内で話そうと促され、弥勒は渋々、屋敷内に引き返す。
大吉は厨房に戻って良かったのかもしれないが、ふたりの話しが気になって、一緒に玄関を潜った。
応接間に入った左門は、弥勒に風呂敷包みを下ろさせ、長椅子に座らせる。
それからコートを脱いで衣紋掛けに吊るし、弥勒の向かいに腰掛けた。
大吉はドイツからの輸入品だという高級ストーブに、新しい薪を入れる。
マッチを擦り、新聞紙を焚きつけにして薪に火をつけ、しゃがんだままでふたりの話に耳を傾けた。
出て行こうとした理由を問われた弥勒は、力なく俯いて答える。
「もう勘弁してや。展覧会用の絵は描けへん。出しとうないんや」
「姉が言ったことなら心配無用だ。不公平な審査など、私がさせない」
「ちゃうねん。審査がどうこうやない。厳しゅうて耐えられへんのや」
「なにを厳しいと感じているのか、具体的に答えたまえ」
詳しい説明を求められた弥勒は、唸るだけで黙ってしまった。
なかなか話そうとしないため、左門が推測を口にする。
「全力を尽くし、絵を完成させることが怖いのではないか?」
スケッチは優秀でも、絵筆を握らせてキャンバスに色をのせると、佳作以下の出来栄えになる。
屋敷の横の坂道を上ってきたのは左門の自動車で、玄関脇で停車した。
「げっ」と弥勒が声を上げると、仕立ての良い黒いコート姿の左門が、運転席から降りてきた。
玄関前のふたりを見た左門は、全てを察したようである。
足早に歩み寄り、弥勒の進路を塞ぐように立つと、ため息をついた。
「出て行くというなら止めはしない。だが、今夜は吹雪く。夜が明けてからにしたまえ。理由も聞かせてもらおう。私は何事においても、疑問のままで終わらせることを許さない性分なのだ」
室内で話そうと促され、弥勒は渋々、屋敷内に引き返す。
大吉は厨房に戻って良かったのかもしれないが、ふたりの話しが気になって、一緒に玄関を潜った。
応接間に入った左門は、弥勒に風呂敷包みを下ろさせ、長椅子に座らせる。
それからコートを脱いで衣紋掛けに吊るし、弥勒の向かいに腰掛けた。
大吉はドイツからの輸入品だという高級ストーブに、新しい薪を入れる。
マッチを擦り、新聞紙を焚きつけにして薪に火をつけ、しゃがんだままでふたりの話に耳を傾けた。
出て行こうとした理由を問われた弥勒は、力なく俯いて答える。
「もう勘弁してや。展覧会用の絵は描けへん。出しとうないんや」
「姉が言ったことなら心配無用だ。不公平な審査など、私がさせない」
「ちゃうねん。審査がどうこうやない。厳しゅうて耐えられへんのや」
「なにを厳しいと感じているのか、具体的に答えたまえ」
詳しい説明を求められた弥勒は、唸るだけで黙ってしまった。
なかなか話そうとしないため、左門が推測を口にする。
「全力を尽くし、絵を完成させることが怖いのではないか?」
スケッチは優秀でも、絵筆を握らせてキャンバスに色をのせると、佳作以下の出来栄えになる。