(承) かけこみTERA。
               

〇六・ 運転手: 富田都美子(とんだ・とみこ)の日課。


 ふつうは『母子(ぼし)寮』って言うよね。
 シングルマザーと子どもだけが、集まって住む寮のこと。
 パペル社では『母子母寮』って書いて、『もしも寮』って呼んでるんだ。
 可愛いっしょ?

 好きでシングルマザーになるわけじゃないけど、もしも、なっちゃったら。
 好きで独り身の老後になったわけじゃないけど、もしも、なっちゃったら。

「安心して、ここに入居してね ♡ 」って、センセーが作ってくれた、施設だ。

 だから、『もしも寮』。

 あたしは双子と荷物をぽんぽんぽーん!と、保育棟に放りこむと、急いで駐機場まで走った。

 預けた双子は、預ける荷物を、自分たちで当番先生(有資格責任者・有料)に渡して。

 わらわらと大歓迎!モードの全開笑顔で集まってくる『仮祖母』(もしも)の皆さん…

(資格の有無は問わず、出産・育児の経験者。死別・離婚に拘わらず何らかの事情で老後に単身化。身の回りのことはまだ自分で出来るか、または軽い要介護(認知症含む)状態だけど、とにかく小さい子どもが可愛い! かまって遊びたい!…という。

 ボケ防止の日中活動も兼ねて、無料で育児ボランティアに毎日有志参加の皆さん。)

 …に、もみくちゃで大歓迎されながら…。

 本人たちの主な通園目的は大好きな「お砂場!」に突進するころなので…
 どうやらそのためにはたんなる「邪魔な障害物」だと考えているらしい、
 おばーちゃん集団を相手に…

 なでくり回されて…
 苦戦しているw

 そんな姿を遠目の横目で眺めて、思わず笑っちゃいながら。

 …おっと!
 見落としやミスは、赦されないよ~??

 厳密に、チェック表を脳内で暗誦しながら。
 社用最新式の小型『飛空車』…つまり『空飛ぶ自動車』…
 通称『空飛ブータ号』の。
 起動前の安全確認をきちんと完全に済ませる。

 …あたし?
 富田都美子(とんだ・とみこ)。
 カコ先生おかかえ。…
 運転手!(…操縦士…?)


     *


 なんで、この仕事に就いたかって言うと…

 あたしあんまりモテたこと無かったんだよね~。

 だけどなんか、あたしのこと「好きだぁ!」とか?
 しつこく言ってくる男がいたんだよね~。

 まぁ悪い気はしなかったんだよね~…?

 まぁ一緒に酒呑んだり、ご飯食べたり…
 旅行に行ったり?
 遊ぶ相手としては、まぁ気楽で気軽で。
 無責任につきあえて。
 まぁ、ラクだったし…
 んで。
 なんか気がついたら、お腹に仔っこが出来てたわけさ!

 まぁ、しょっがない!出来たからには産むべ! って、思ったわけさ。当然。

 だけど、相手の男がね?
 ばかでねー?
 役に立たなかったわけさ!

 ひとが慣れない育児でひーひー言ってる最中に。
「俺と子どもと、どっちが大事だ!
 そんなブサイクな餓鬼どもはさっさと捨てろ!」とか…
 言い出すからさ?

 そんでまぁ、色々あって、修羅場あって。
 けっきょく捨てたわけさ。
 ポンって!
 …男のほうを、だよ?

 んで。
 もともとパペル社の関連従業員だったから。
 双子連れて、『もしも寮』にすぐに入れてもらって。

 最初は、授乳休憩もらいながら、農場で選果や箱詰めなんかの仕事をしてたんだけど。

 前は『空キタ便!』の配送員だったから。
 空飛ぶ自動車の全開免許、持ってたし。

 先生が、わりと人見知りというか…
 同乗する相手の、好き嫌いをする人で。

 何人か、というか、かなりの人数、専用運転手が…
 代替わり、してて。

 …あたしのことは、農場で一緒に収穫作業とかやってた時に。
 意気投合したというか…
 気に入って、くれてて。

 仲良くしてくれるんだよねー ♡

 んで。
 双子の授乳が終わって~、あたしの体調が戻ったころに~。
「専用運転手」つぅ、
 肩書をもらったわけさ♡

 …さて。
 安全確認、終了。

 急がないと!
 約束の時間だ!

 …今日もがんばって飛んじゃうよ~♪

 よろしく! 空飛ブータ号 ♡

 ぶい~ん…!





〇七・ 支店長: 滝川明子(たきがわ・あきこ)の業務報告。


 滝川明子と申します。姓は滝川ですが、住所は数代前からパサミカワです。
 パペル社直営『ポッポロ庵』支部パサミカワ支店長を務めております。

 今日は先生が定期訪問というか、巡回視察と称して、差し入れに来てくれる日でした。
 原稿は昨夜のうちに無事にあがっていたそうです。良かったですね。
(あがらないと訪問中止になる場合もあって…スタッフたちがガッカリしますので)
 …いえ、原稿もとても楽しみです。次回作、なるべく早く出版されるといいですね…。

 ウマシカ先生…カコ先生は、御自分では「三角貿易」と呼んでいるらしいんですが。
 パサミカワに来店される時には必ず、ポッポロ本店やパコタテ支店の名産品を何か、大量に買い込んで来ては、スタッフ全員に配ってくれます。

 今日の差し入れは本店特製キャラ菓子『くっきー』サンドでした。
 御馳走さまでした。
 とても美味しいし嬉しいです。

 後発のパサミカワ支店としては、先輩他店は「追いつき追い越せ!」の目標というか。
 僭越ながら、秘かにライバル視。しておりますので。
 本店オリジナル商品を味見させてもらえるのは、大変いろいろと勉強にもなるし。
 よし頑張ろう!という励みにもなります。

 それでパサミカワ作業所からは…
 自慢の新商品!

『自社製チーズの天然フリーズドライ』加工品各種を大量に!

(先生個人の自費で!)お買い上げいただきました。

 やはり大人気なのは自家製チーズのフリーズドライをパン粉のような形状に、丁寧にクラッシュして仕上げた『チーズ粉』ですよ!

 (粉チーズとは、違うんですよ!)

 これをトンカツとかザンギとかコロッケとか。
 揚げ物の衣として、たっぷ~り!まぶして!
 揚げてみて下さい…。

 まちがいなく、体重が一気に増加します…(笑)

 あともちろんカットチーズをフリーズドライにして高野豆腐風に加工した試作品も。
 これからいろいろ工夫できそうだと、試食をお願いした地元料理家の皆さんからは、
 ご好評を頂いております。
 どうぞご賞味下さい。

 この作業は、世間様からは「聴覚不自由」と呼ばれる身体的特徴を持っているスタッフ一同が。
 スマホの文字画面で連絡を取り合いながら、冬季休耕中のジャガイモ畑の大雪原に散らばって。
 手作業で天日に当ててはひっくり返し、吹雪の時には急いでザルを回収格納し。
 また晴れたらせっせと出し広げて、丁寧に干し上げて…。
 根気のいる作業を繰り返しながら、心をこめて成型加工や粉砕作業をしました。

 それで。先生は、御自分たちで本社やパペル寮で召しあがる以外の分は、ポッポロ本店やパコタテ支店のスタッフに、「個人的に差し入れ」して下さるんですよね…。

 で、パコタテ支店からは主に「知的に不自由のある」スタッフたちが中心となって、手作業で加工した海産物などを、色々とお買い上げになって。

 やっぱり、他の店舗のスタッフに、配って回っていらっしゃるとか…。

 毎月の各支店ならびに本店の売り上げのうち、実は五%くらいが、こうしてカコ先生個人の財布によって、賄われております…
 重ね重ね、ありがとうございます…。


     *


 併設の、パサミカワ福祉作業集積センターについてもご説明しますね。

 島北や島東の出身者を中心に、各種「心身知的に障碍がある」人たちや、一人親家庭や病児親やで定時の勤務が難しい方々や、不登校による低学力のため成人後に通信制で補習中の生徒など。
 何らかの理由で「一般就業が難しい」と認定されているスタッフたちが、主にそれぞれの特徴傾向別の生活寮で共同生活をしながら。農林作業や加工品製造や調理や店舗販売、また配送作業や配送経理事務などを分担しあって、運営を続けております。

 もちろん行政からの補助金や、短時間スタッフにとっては生活保護などの福祉収入が頼りの、苦しい運営収支ではありますが。
 なんとかそれなりにご利用者様にもお客様からも、愛され盛り立てていただいて。
 そこそこ繁盛しており、みな、楽しく忙しく、一生懸命に働いております。

 ポッポロ本社直営の既存の郊外型施設を拡張更新して就業可能人数を順次拡大する、という当初の案を、カコ先生が却下して、各地分散して新規複数の同時立ち上げをという、運営的にも金銭的にもたいへん厳しい道を選んだのは。

 震災津波がくれば全域海没の恐れのある平野部に位置する首都ポッポロ市への一極集中を避けたい。また、直近に建設されてしまった幻視毒発電所に事故があれば、大量被毒の心配もあるし。というお考えの他に。
 ポックル島の西端に位置するポッポロからだと島北や島東の遠隔地出身のスタッフは、連休時などに帰省で往復するための費用と時間が大変だから、というお気遣いがあったそうです。

 障碍を持つ者が、親元を離れて寮に住んで、一人前に働く、ということと。
 地元や血縁者から切り離され、その存在を「恥」として隠されて寂しい老後を迎える、
ということは、別!
 と、かねてから主張をしていらっしゃいます。

 パサミカワ農場では新造の巨大ドーム型ハウスをフル活用して、通年収穫が可能な液肥トマトや蔓浮きメロン、また埋雪冷蔵による越冬甘味強化野菜の通年販売など、手作業・小規模ならではの高付加価値化が可能な作物の研究生産に励んでおります。

 また、冬季の強風と夏季の日照時間を活用して。
 なるべく、エコなエネルギーの自給自足(可能なら転売収入に!)チャレンジ中です。

 そして、なるべく無添加で、アレルギー対応で…と。

 ポッポロ島内外から幅広く通販でご利用くださる常連のお客様がたの、ニッチでコアな今風のニーズにお応えするべく。
 工夫を凝らした商品開発を目指しております。

 まだまだこれからですが、どうぞよろしくお願い申し上げます。


 …こんな風で、良いでしょうか? どうも作文は苦手で… もうしわけありません。


     *


 え、私のことですか?

 七十七歳、現在単身です。カコ先生と同年代。ですよね?

 交際相手というのでしょうか、異性の茶飲み友達は複数沢山おりますので、それなりに充実した毎日ですが。再婚は、もういいですねぇ。夫はとても良い伴侶でしたから。あれ以上の同居人は、もう望めないと思います。

 今は仕事が一番の恋人ですねぇ。

 スタッフたちはみんな、我が子のように…
 いえ、我が子よりも手がかかる分、もっと、ずっと、とっても。
 可愛いです。

 実子たちは皆それぞれ勝手に育って勝手に各地に散って。
 勝手に元気に愉しそうに暮らしておりますので。

 からだとあたまが効かなくなったら、『もしも寮』への入寮希望です。

 ちょっとボケながら、車椅子でミニトマトの収穫作業なんか参加しながら、

 ぽっくり。逝けたらいいですねぇ…

(まだたぶん、夫が待っててくれてる。と、思いますし…!)

 え、ノロケですよ? もちろん?





〇八・ 副社長: 長野 緑 (ながの・みどり)の嘆息。


 一昨年秋に公開されて全国的にもそれなりの興行成績を収め、地元収録のエキストラ大量参加とあってか、ポックル島内では記録的な観客動員率と録画ダウンロード数を誇った『ウマシカせんせい遁走記』実写映画版の、続編『うまうまシカジカ奔走記』の公開予定は今秋に決まり。
 特典付き前売券のプラチナ予約枠はすでに完売したと報告があって関係者一同はエビス顔でほくほくしている。

 続く第三弾『かくしか疾走記』の収録現場の進捗状況視察と雑誌取材陣の案内役を兼ねて数日間の島東めぐりをした後、今日でやっとパペルに帰れるという日に。
 ちょうどカコさんがブータ号でパサミカワまで来るというので、帰りは同乗させてもらうことにした。

 取材陣をパサミカワ空港まで朝早くに見送って、市内に戻ってからレンタカーは手近な営業所に返却し。
 徒歩でポッポロ庵支店のスタッフ昼食(時間的にブランチ休憩)を狙って合流する。

 ご飯と豚汁と漬物だけの簡素な昼食が。
 出張のあいだず~っと続いていた高級高額・高カロリーの連続旅館料理!ぷらす連夜の地元勢による手作り接待宴会な深酒続き!に。
 疲れが溜まりまくっていた胃袋に、じ~んわりと浸みて。
 とても美味い。

 数日ぶりに拝むカコさんの笑顔も、密かに癒される~。(本人には言わんけど)。

 ついでにパサミカワ支店の収支予想や新商品販売戦略書なども、手渡しで受け取った。


     *


 邪魔だが役には立つ自称「空飛ぶ運転手」の。
 隣の助手席に(不本意だが)乗り込む。

 最初の頃こそ(秘かに)大喜びで。
 カコさんと一緒に飛空車に乗りこむ時には。
 もちろん。当然ながら後ろの幅広な座席に。
 カコさんと一緒に、並んで。

 あれこれとおしゃべりしながらの空中散歩♪

 …を。楽しもうと思っていたのだが…。

 カコさんは、七十代後半、(のはずだ)という実年齢をすっかり裏切っていて。
 見た目も若いが、中身は…

 完全に子ども!

 飛空車に乗った瞬間から、もう全身でわくわくしていて。
 飛び立った瞬間から、あっちを眺めて叫び、こっちを見おろして感嘆し。
 またあっちにこっちにと、首をぶんぶんと振り回して。

 三百六十度を一度に見渡たそうとして、目を回して。
 自分で自分にボケツッコミをかましながら、さらなる大騒ぎと、大絶叫を繰り返し…と、

 忙しいのだ!

 私が隣の席に座ろうとしていた最初の頃こそ、いちおう気をつかって。

 反対側が観たければ、遠慮がちに、そぉっと身を乗り出したり。
 こちらが振ってみた会話に、きちんと返事をしようと、努力。
 してくれたり。
 は、していたのだが…

 はっきり言って、わたし邪魔?と、すぐに気がついた。

 試しに、後ろのシートを断って、前の助手席に乗ると…

 カコさん、飛んでる間じゅう。
 後部座席の…詰めれば三人は座れるはずの、横幅を。
 右に跳び、左に跳ねて… 両方の窓におでこの形の脂のしみがついて…
 ひたすら歓声をあげまくっていて…

 騒がしい!

 そのたびに急な重心移動でぐらぐら揺れかける飛空車のバランサーを
「待ってました!」とばかりにスライドさせて。
 素早く安定させながら何食わぬ顔で運転…操縦?…を続ける、
 自称「お抱え運転手」の富田(とんだ)。

「…あのさ、カコさん、いつも…、こんな調子?」

 最初こっそり聞いてみた。

「うんそうだよー。かっわいいよね~ ♡ 」

 …なるほど…。

 過去何人の「運転手」が、カコさんと気が合わなくてクビになったかというと…
 人事担当総括も兼ねる副社長の私の苦労も察してほしい。

 彼らは一様に主張したのだ。
「危ないからじっとしててください!て、言っても聞いてくれないんですよ!」と…。

 そしてカコさんは主張したのだ。
「だってお説教ばっかりしてて、煩いんだよ! 社長はあたしでしょ!?」と…。

 …言って聞かせてもダメなら、黙って相手に合わせろと。

 …なるほど…。

「…よくこれで、揺らさないで飛ばせるねぇ…?」

「うん、だってうちの双子も、こんなもんだし~w」

 …なるほど…。

(カコさんは、…三歳児か!)


     *


 今日はいつもの『支社支店作業所巡回一周視察コース』の他に。
 イレギュラーで社外の提携企業の何ちゃら屋外イベントにも寄って行くという。

 提携というか、今はカコさんが個人で支援出資していて、生産が安定してきたらポッポロ庵のどこかの作業所に、定期的に加工原料を安く卸してもらおう…という、計画構想段階の相手だ。

 有機農業というと今では誰でも何となくのイメージは持っていると思うけど。
 まだまだ知名度の低い「有機林業」とかいう。

 一見荒れ放題の、原生林かと思うような…
 広大な、山林。

 シカの食害は防ぎつつ、人手も電気網も使わずに。
 環境負荷を考慮して、持続再生可能な低コストで。
 高品質な林野材の安定生産供給…による…
 地域おこしプロジェクト?

 …なるほど?

 環境保護だの有畜複合循環農法だの地方再生だの基本的幸福権だの。
 カコさんの好きそうな(実は私はあんまり興味がない)
 社会派キーワードが…満載だ。

「はじめまして副社長! どうぞこちら詳しい資料です!」

 …とか言われても。
 私は、関心は無いんだってば。こっちの分野には…。
(苦笑)

 まぁ本来かなりの人見知りのはずのカコさんが。
 林業従事者のこわもて泥だらけの小汚い恰好の。
 おっさんおばちゃん達に取り囲まれて。

 嬉しそうに、笑っているので… よしとするか。(嘆息)

 まぁ、獲れたて?鹿肉の自家製炭焼き串は、とっても美味しかったよ…。

(タレも旨かったよね。アレ何ていう木の実を使ってたって??)

 …カコさんが買い込み過ぎた、木炭と木酢液と、鹿肉と熊肉の燻製と、ハムと塩漬けと? えとせとらエトセトラのせいで、飛空車の制限重量を、軽くオーバーしちゃって。
 危うく、

「予定外の人は、降りて歩いて帰って~?」とか、

 言われちゃったけどね…!

(慌てて空ビット急便を手配したので、「予約済みにつき乗車拒否」は免れた…★)


     *


 その後は予定を詰めて最速で。
 パコタテ支店とポッポロ本社と本店と。
 それぞれの併設作業所を「巡回視察」して…。

(はっきり言ってカコさんのやってることは、
「三角貿易」だそうな各店商品を「お土産」と称して配ってまわって。
 挨拶してお茶して、笑って帰ってくるだけ。

 なんだけど…
 スタッフはそれで喜んでるので、まぁいいか…)

 経営状況報告や経理資料は、基本すべて、私が受け取る。

 カコさんに渡しても、たいがい、パラパラ~っとめくって眺めただけの、素通りで。
 私のところに届く。

 副社長。なんて肩書だけどねぇ。
 雑用係。なんだよねぇ。
 要するに。カコさんの。

 …面倒ごとは、全部丸投げ。という…。

 ワタクシ、『ザ・ペーパーカンパニー』パペル社の、
 取締役副社長・長野 緑 (ながの・みどり)は…

 そういう、係。(嘆息)





〇九・ 農業者: 吉野清次(よしの・せいじ)の来歴。


「あ~、やっと帰って来た。遅かったね~?」

 駐機場に戻ると、待ちかねたように体格の良い筋肉もりもり細マッチョなイケメン男が寄ってきた。
 男、としか見えないが、原則男子禁制、を掲げるパペル寮の住人で、正社員である。

「うん。いっぱい食べてきた~♡ 」
「あ~、そっか~w」

 どさどさと。
 卓上鍋用ミニ木炭だの間伐木材の細かい端切れ詰め合わせの徳用大袋だの。
 木酢液シャンプー&リンスのお徳用大詰めセットだの。
 稀少ジビエの常温保存加工品だの海産無添加ツマミの詰め合わせ大箱だのだの…を、
 降ろすのを手伝って。

(さっき積みきれなかった重量分はちゃんと先に「空キタ急便」で届いていたそうだ。)

「こっち農場にくれる分? こっちは?」
「『輪っか』のみんなで食べてー。あとこっち、『もしも寮』に持ってってくれる~?」
「おっけーおっけー。」
 地上作業用の電動農場車に片手でらくらく、のっしのっしと筋肉男が積み上げていく。

「んではいカコさん。今季の作付進捗状況と品目別収量予想と、概算販売計画書~。」
「ありがと~。…はい、副社長、よろしく~。」

「…あ~。はいはいはい…」(これだよ。)

「んじゃ五時なのでアタシは上がりまーす!」
「はーい。今日もありがとー気をつけて帰ってー。双子によろしく~!」
「先生も~。ゴハン食べ過ぎないで~!」
「むり!」
 笑って手を振って、元気な運転手は定時あがりだ。

「…ヨシノさんは?」
「まだまだこれから! 夕飯食ったら、夜食までまた一仕事!」
「農場たいへーん!」
「なんの! 冬に遊ぶし、シゴト楽しいし!」


     *


 …廃線に伴って人口が激減し、離農者が相次いで、広大な農地と牧草地が空いた。
 そんな閑散とした風が吹きすさぶ、美しく厳しい空と大地と景観だけがとりえの。
 極寒で辺鄙なプキパタ地区が、もとからカコさんの「憧れの土地」だった。

 数年分の印税収入と。
 すでに軌道に乗りかけていた『パペル庵』(ポッポロ本店)と関連作業所群の。
 社運をすべて傾ける勢いで、土地をどかっと、まとめて買った。

 幸いなことに、映画と漫画化と海外版権とで、かなり儲かっていた、時期だった。

 最初に、虹寮と月寮を建てた。

「性別不詳とか~、トランスとか~、同性愛者とか~?」

 街中で、ふつうの就職がなかなか難しくて、採用されづらくて。
 生まれた土地でも暮らしづらくなちゃって。

 でも、「夜の仕事」(水商売)には、心身が、合わなくて…

 という、人たちを。

「大雑把でいいから、カラダとココロの状態?別に~。」分けて、居住棟を区分して。
「性別いろいろ」系の人たちがグラデーションを描いて、半円状の「虹」寮に住んで。
「同性大好き」系でカラダは女性の人たちが、お向かいの半円状の「月」寮に住んで。
「同性大好き」系で肉体的に男性の人たちが、ぐるりを取り囲む「金環」寮に住んだ。

(ほんとは「金環蝕」って書くんだけど、「蝕」は「職」に表示変更されてる)。

 三つまとめて「円環寮」(通称『輪っか』)の人たちは、それぞれの適性に合わせて。
 農畜業・加工業・通販&経理事務・調理&接客&販売…エトセトラエトセトラ…の、
 パペル社の各種直営事業の仕事に就いてる。
 もちろん、空キタ便の配送員もいる。

 その真ん中に、『もしも寮』を建てた。

 介護と保育のスタッフも移住して来た。

 金環職員の一部は、正式に「自宅警備員」という名のガードマン業務に就いた。
(だって、母子と老女だけの施設を荒野の真ん中に…って、色々と、危ないからね…?)

 一部、「性的少数者を商業利用するな!」的な、
 反対の声も上がった。らしいけど。

 住んでる人間が。
 生きやすくて、働きやすくて。

 ご飯が美味しいから…

 …いんでないかい…?

(もちろん、性的にぜんぜん少数者ではない、「結婚相手のイイ男を探してまーす♡」な独身女性とか、「ふつうに女が大好きだー! 特に巨乳がw」なんて主張する独身男性と、既婚者や子育て家族で。
 都心のポッポロ本社より、ど田舎のパペルで働きたい!という希望者があれば。
 市街地の空き家を「借り上げ社宅」として用意して、通勤できるように、なってる。

(そして予想外にそういう移住希望のメンツは多く。
 カコさんは「人口増加に寄与してくれた!」と。町役場から、表彰状一筆と一緒に。
 特産の地元ワイン秘蔵品一ケースを貰って、ほくほくしていた…)


     *


 農畜部門総責任者の通称「ヨシノ」は、元は水商売あがりで本名は吉野清次だが。
 カラダは変えていないので、ガタイはかなりいい。
 前は自分の体が大嫌いだったが、パペルで農業に就いてからは、持って生まれた性別特性…筋力が強い!…が、肯定できるようになった。

 自分ではいわゆる「心は女」系だと思っているが。
 無理して「女言葉」を使って、似合わないのに、無理に化粧して。
 不自然にきわどいミニスカはいて。
 筋肉だらけの細い腰を振って歩くのも、
「…自分らしくない…」と、思う。

 今どきはみんな「自然に女に生まれた系」の人たちだって。
 働く時にはパンツスタイルが多いし。
 「だわ」だの「なのよ~」だの、無理して言わないし。

 化粧だって…「すっぴん派」も、ありアリだ。

 ただ、自分には、「男らしさ」は、強制しないでほしい…

(見ためは、あいにく… マッチョ。なんだけど…!)


 女性と、恋愛とか? 結婚? …無理。
 で。
 結果として、人間関係は、…苦手。

 夜の水商売は、ほんとうに苦手だった。
 でも他の就職も、いろいろ難しかった。

 パペル社で「性別あいまい系のかた優先」と、わざわざ明記して。
『住み込み農作業従事員』(通年)の募集を開始した時。

 一も二もなく、参加した。

 だって、実家は農業だった。

 跡を継げない、次男だったけど…。

「おめぇなんかオカマは、おれの息子じゃねぇ!」と。
 …絶縁された。けれど…。

 畑仕事は、好きだった。
 牛や馬や豚の世話も、大好き。だった…。

 就職して。
 パペルの実験農場で。
 地元の老練農家さんたちからの、熱心な指導のもとに。
 最初に、採れた芋を…

 実家に送った。

「うまかった」と、親父から。

 無骨な手書き文字の、ハガキが。届いた…。



 ここでなら、このカラダのままでも、

 生きていける。と。

 最近、ヨシノは思う。





一〇・ 校閲者: 佐賀 野絵瑠(さが・のえる)の陰謀。


「たっだいま~!」 へろへろのにこにこで、ようやく主様が御帰還だ。
「おっかえり~!」
 すでに出来上がっている気の早い酔客どもと、まさに夕飯をかっこみ中の空腹餓鬼連中は、そろって歓声を挙げた。

「はいこれ今日のお土産~!」

「…ぅわ、今日もすげぇぇぇえ!」
「どれどれ… ぅほぉぅおおぉ!」
「…カコさん、すぐ食べますか?」
「着替えてくる~。十五分後に戻る~!…予定っ」
「了解っす!」

 パペル塔のメイン食堂の朝・昼の平日週五日は主任調理師にして栄養管理士資格その他もろもろも色々保持する四年生大学栄養学科卒の才媛にして定番和食とアレンジ和洋食をメニュー展開の基本に据える、佐藤和子の担当だが。

 平日午後十五時以降のいわゆるアフタヌーン・ティータイムから夕食・夜食の時間帯にかけてと、土日祝の朝昼晩の終日は、敷地内併設の一般&宿泊客向け知る人ぞ知る超有名シェフ兄弟が担当する直営レストランから、交代で調理要員が派遣されて来る。

 初めのうちこそ、

「寮住み社員の休日ご飯と、平日夜の呑み兼用めし…。要するに、たんなるまかない?」
と考えて、下っ端が交代で担当する、「新人の仕事」と考えられていたのだが。

 早々に、その新人たちが泣いてギブアップして。
『変人だが名人シェフ』として知られるレストラン『爆』(ハゼル)のオーナー店長たる近重(このえ)師匠三兄弟を呼びつけた。

「…だって! こんな凄い稀少な絶品、おれが料理したら台無しにしちゃいます~っ!」

 と、いうわけだ…。

 一般読者層の最大多数派からは人情地元エンタメ小説の主役?の名前をそのまま使って「ウマシカ先生!」と呼ばれることが一番多い『カコさん』は、なにしろ人気者だ。

 島内半周旅行(だと『視察』は呼ばれている)を回って帰ってくるたびに、何やかやと地元の人から「漁師飯のタネ」だの「今朝うちの山林で採れたて」だのの、貴重で稀少な食材を、山ほど貰って帰る。
 幻の魚!とか
 幻の茸!とか
 超高級!黒豚の、自家製できたてハム(のさらに)燻製!(試作品)とか。
 非売品や秘蔵品や、密造品?の、
 アレやこれや…
 …まぁ、そんなものを、…色々だ。

 タダで贈って頂いた御好意の品だから、いくら稀少で高価であろうとも、一般外来者向けのレストランで、高値をつけて他のお客様に転売するわけには、いかない。
 …と、いうのが、カコさんの主張で。

 基本、『社内のみんな』で。
 通常の『定額徴収食費』(お代わり自由)の範囲内で。
 ふつうに。
 毎日のご飯の一環として。

 ありがたく頂く。

「…ぅっわぁぁぁぁぁぁぁ!」


     *


 今日の食材は何だろう。何やらとても美味しそうな匂いがするが。

 美食、などという余裕や贅沢とは、ここへ移住するまで無縁な生活を送っていた。
 地味に激務で薄給の校閲者・佐賀 野絵瑠(さが・のえる)は小鼻をひくひくさせた。

 長らく隣国ポンニツ島国の首都・宝京(ホウキョウ)で。
 校閲専門会社の外注職員として。
 部屋に引き篭もって、ひたすら各種多ジャンルの文章を、赤ペン握って読み続ける、という仕事を担当していたが。

 職場にはひた隠しにしていた、秘かな趣味は…
 同人誌で。

 『嵯峨野エル』の筆名で。
 『美味賜エンタメ』群の登場人物たちの。
 『イケナイ同性恋愛』作品の数々を…ネット上梓やイベント販売。していて。

 それなりに、けっこうな売上と熱烈愛読者数は誇っていたり、…して。

 じつは、契約委託先の『美味賜香子作品専任担当』校閲者『佐賀 野絵瑠』が。
 同時に、公認ファンクラブの重鎮オピニオン・リーダー『 L 』その人にして。
 さらに、熱烈ストーカー級の著作権侵害しまくり同人誌作家『嵯峨野エル』で。
 かつ、公序良俗的にどうなの?級えろえろイラスト描き『 佐野エル画 』でもある。

 という事実が。

 うっかり。

 発売前の新刊の内容をパロった作品を、発売日よりも一日早く。
(正確には、わずか二十二時間だ…!)、間違えて、公開時間を設定、してしまった。

 という痛恨のミスによって、関係者すべてに、一斉に発覚…。

 職場雇用主と直属上司と。
 出版社法務関係者と、担当編集者と、編集長と。

 さらには作者本人と。
 その著作権管理人!などなどが、ずらりと居並んだ…

『お白洲の場』で。

 リアル本人の目の前に、ずらずらと。
 いけない作品の、うっかり直視したら恥ずかしくてたまらない
(いや自分で描いたんだが!)
 絵柄の表紙を、…山ほど並べての。

 事実関係の糾弾には、及ばないで欲しかった…!

 完全に逆恨みなのだが。
 今でもその時の全身高熱発火寸前の恥ずかしさは、夢に視ては飛び起きて悶絶しているくらいだ。

「…ぇへ♡」

 と、その時。…ウマシったら笑ったのだ! 嬉しそうに!

「はじめまして『嵯峨野エル』先生!
 ファンでーす♡
 ご本人様に、お目にかかれて嬉しいでーす♡
 じつは、そこに並べてあるのは、あたし個人の、コレクションなんですよ… ♡ 」

 がたがたがた…★ と。

 周囲の、ごくごく真剣にしてまっとうな、怒りと。
 真摯な…職務上背任行為?
 賠償請求?
 訴追? …という、社会人たちの当然な、撃墜斬殺モードを。
 総崩れに、してさった…。


「エルさんには、かねがね、お願いしたい仕事があったんでーす ♡

 今度、正式に、ウチのスタッフに、なってくれませんか~????」


 …憧れの。
 ひそかに、熱愛した。

 あの、キャラたちの…
 作者。本人に!

 スカウト… されたのだ!
 じきじきに…!!

 狂喜乱舞、したのに…。


     *


 結局、ひそかに勇躍して、トキメキながら移住。
 してきて、見たらば…。

 社内最重職幹部複数から取り囲まれて厳重監視の元。
 以後の脱法違法著作権侵害行為は厳ッ重に戒められて。
 破ったら即退社退寮&巨額の賠償請求!
 という脅しを突きつけられて…
 念書にサインも拇印も獲られた。上で。

 ひたすら、一室に籠って、美味賜の新作を校閲し続ける。という。
 業務内容的には…
 まったく変わってなくて。

 ひたすら、一室に籠って。
 めったに、ウマシ本人の顔なんか… 拝めなくって!

(多くても一日…二回? 話せても、一回、五分か…そこら? が、せいぜいだ…っ)

 完全に逆恨みなのだが。

 佐賀野絵瑠は、もうひとつ任された担当職務である『美味賜香子デビュー三十周年!に向けた総作品リストと総登場人物名鑑&作中総合年表エトセトラ + パペル社史』編纂、という激務の傍らで。

 ウマシの恥ずかしい顔(超・豪華めし食事中の!陶酔のあまり崩壊顔!)写真を…

 ひそかに撮り溜め。している。

 いつか…

 いつか。

 大公開、してやるっ

 この、恥ずかしい、エロ顔の…

 老女の…、

 ばか喰い写真っ!


     *


「…また撮ってますよ~?」

「…ま、好きにやらせておけ…」

 監視スタッフからは面白がられて、泳がされているだけ。とは。

 本人は、気づいていない… www


     *


 そろそろ日が暮れて。
 初夏とはいえ北国ポックル島の南北の半ばあたりに位置するワインの名産地プキパタ町のはずれのパペル寮では、夜になると肌寒い。
 室温が下がると自動で。
 道産木質端材を燃料に使うペレットストーブに火が入る。
 明々とした灯が点ると、自動で室内の白色灯の光量が落ちる。
 炭火焼の炎がぼぉっと燃え立って人々の影を壁や窓に映して。
 窓の外は満天の星空と、真っ暗な大地の、森と畑の…闇に。
 点在する円環寮の灯りと、真ん中にハート型の『もしも寮』の安全常夜灯。

 その向こうに宿泊コテージやレストランや、観光施設の誘導灯…


 仕事は順調で。

 美味い飯と旨い酒!

 楽しい仲間と…
 老後の、保証。

 すべてが。

 そこには、あった。