雨の日のバスは、道が混雑しているからか動きは遅い。そのゆったりとした揺れに、身を任せるのが心地良い。窓の外からは、車のエンジン音に負けないほどの雨音が聞こえる。
「今日は昨日と打って変わって、雨脚が激しいね」
「そうだね、酷い雨だ」
「照り降り雨も嫌だけどね」
「……照り降り雨、って?」
「晴れたと思ったら降ったり、降ったと思ったら晴れたり。そういう雨のこと」
雨風が強く、バス停から校舎まで歩くだけでも気が滅入りそうだ。お気に入りのネイビーブルーの靴を履いてくるんじゃなかった。
むわりと嫌な空気が体を纏う。バス内は雨湿りがこもり、じとりと汗が滲む。
「……ねえ、アキラくんは雨嫌い?」
それは突然向けられた質問だった。たった今、この湿気に悩まされているもんだから、そりゃあ雨にいい気はしない。しないけど、
「うーん、雨さんとこうやって喋れるから、そこまで嫌いじゃないよ」
一人じゃ嫌悪感だけしか抱けないけど、雨さんと二人なら躍動感だって感じられる。少なくとも今年の俺は、梅雨に感謝しているのだ。
雨さんはぱたりと本を閉じた。目線を窓の外へ向ける。外は相変わらず雨脚が激しく、止む気配はさらさらない。
「……雨って色々な言い方があるんだよ」
「例えば?」
「季節によっても違うの。春の雨は『桜流し』、夏の雨は『翠雨』、秋の雨は『秋霖』、冬の雨は『氷雨』。素敵でしょ?」
「へえ。そう聞くと、雨ってオシャレな感じがするね」
「オシャレ?」
「うん、だって桜を流す雨って、そう言われると雨に嫌悪感なんて抱けないよ。そっかあ、雨にも色々あるんだ」
俺が話す間、雨さんはずっと目をこちらに向けていてくれた。俺の稚拙な感想でも、言葉をもらさないように傾聴してくれる。こういう姿勢から、ああ、君は言葉を大切にしているんだな、と改めて感じる。
雨さんが俺の発する言葉さえちゃんと受け止めてくれるから、それならば雨さんが微笑みを向けてくれるような言葉を紡ぎたい。俺が雨さんの言葉に惹かれるように、雨さんも俺の言葉に魅力を感じてくれるような、そんな言葉を紡ぎたい。
そうすれば、今よりももっと有意義で心地良い空間になるに違いない。
そういう意味で、雨さんに似合う男になりたい。
そんなことを、君の凛とした横顔に想う。