「あの!俺はミステリー小説を昔沢山読んでいたんで、本の面白さは人よりは理解できると思います!本、大好きなんですね」
ああ、今無性に本が読みたくなった。言葉に触れたくなった。彼女の話は、俺の核心的な部分を刺激するのに十分だった。
「はい、本は大好きです!」
そこで俺は、一瞬にして一つの賭けに出た。
今まで見るだけで十分だった、憧れの女の子。その子が今、隣で俺と話してくれている。しかも好きな本の話を、こんなに楽しそうに語ってくれる。
ならば。ならば、折角のこの糸を繋ぎたい。
「良かったら、これからもお話しませんか?俺は、君の言葉をもっと聞いてみたいです」
「え!」
実際に話して分かった。俺が思っていたよりも遥かに魅力的な女の子だということが。
「……わ、私でよければ是非。私も誰かと語りたかったんです」
「ほ、ほんとですか!……あ、俺は鷹野暁っていいます」
「どういう字?」
「高い低いじゃなくて、鳥のタカで鷹野。アキラは、『あかつき』って書いてアキラです」
「素敵な名前ですね、私は栗原雨です」
凛としたその名前は、彼女によく似合っていた。雨の日に会える彼女の名は、雨。何だか洒落が効いている。
それから大学のバス停に着くまでの間、彼女と少し本の話をした。その時間はわずかだったけれども、心はすっかり躍動感に満ちていた。
「心が躍るって、こういう感情なんですね。俺、雨さんのおかげでまた本を読もうって思ったよ」
「えっ、本当?」
「うん。世の中にはこんなに本が溢れているのに、読まないなんて勿体ないなって」
そう言うと彼女は少しきゅっと目を細めて微笑んだ。
ちょうど、大学のバス停に俺らを乗せたバスが滑り込んだ。他の学生にもまれながら、外の雨景色に飛び込む。冷たい雨がいつもより何だか愛おしく感じる俺は少し浮かれているのかもしれない。
「雨さんは、雨の日はいつもこの時間……ですよね?」
「うん、晴れの日は自転車が多い、かな。じゃあ、次の雨の日にまた話しましょう。今日はありがとうございました」
深々とおじぎする彼女は、もう普通の雨さんだった。
次に言葉の世界に浸かった雨さんに会うのが待ち遠しく、心に沢山のフレフレ坊主をぶらさげておいた。


 ○


「あれっ」
次に会えたのはそれから3日後のことだった。